No.014 特集:テクノロジーとアートの融合
Cross Talk

すべての文章が「埋め込まれた」空間

徳井 ── この言語モデルを使うと面白いことができます。例えば、ドナルド・トランプが言っていたことを変換して、この空間の中に持って来る。そしてデコードすると、当然、実際にトランプが言ったこととほぼ近い文章が出て来ます。

そこにヒラリー・クリントンが言ったことを写像して、この二つの点の中間を取って行くと、二人の意見の中間くらい、実際はどちらも言っていないですが、なんとなく二人が言った内容の中間的な言葉がデコードされる。90%は共和党的で10%は民主党的とか、30%が共和党的で70%が民主党的な言説といった具合に、さまざまな「発言」を連続的に生成できるんですね。もちろん言葉遊びのレベルではあるのですが。

昨年の米大統領選挙の最中にそういった実験をして遊んでいたことが、今回の展示のアイデアにつながりました。言語モデルという空間の中で、ある種のモーフィング*4みたいなことができるというのが非常に面白いです。

畠中 ── なるほど。言葉のモーフィングとはいい表現ですね。

徳井 ── ある文章が徐々に変換されていき、まったく別の文章へ辿り着くのです。これは文章で考えると難しいのですが、1個の単語で考えると分かりやすい。

例えば「東京」という単語があり、少し離れたところに「日本」という単語があるとします。一方で「フランス」と「パリ」という単語がそれぞれあった時、その関係性は共通している。するとベクトルの引き算や足し算が空間の中でできるんです。「パリ」から「フランス」を引き、「日本」を足すと「東京」になるという(笑)。

畠中 ── パリや東京というのは都市の名前であり、かつその都市は首都である、というような学習をしている。その都市名の持つ属性という、言葉の意味までを学んでいるのですね。

徳井 ── そうです。この関係性というのは人間が明示的に与えたものではなく、大量にテキストを与えることで自然にニューラルネットワークが学習していくから面白いんです。

今回用いた言語モデルの空間は、実際は2,400次元のものすごい数字の列です。そのため、なかなかイメージがつかないですが、今回の作品展示ではその空間を3次元に落とし込んで表示しています。3次元の各点全部が、ある文章に対応している、そこにある文章が「埋まっている」と考えました。

ある文章とある文章があった時、その間には無限に細かく取ることができる「点」があるのですね。つまり、ある点を取り出せば「そこに対応する文章」が何かしらある。この3次元の空間の中には、ありとあらゆる文章がまだ形になっていないままに埋まっているのではないか、ということを表現した作品です。今回はニュース記事のデータを使っているので、まだ書かれていないニュースや新聞の記事などが空間に埋まっているイメージです。

徳井直生+堂園翔矢(Qosmo)「The Latent Future——潜在する未来」(2017年)
徳井直生+堂園翔矢(Qosmo)「The Latent Future——潜在する未来」(2017年)
<過去に実際に起きたニュースのほかに、無限に近いさまざま文章が「埋め込まれている」3Dの言語空間。現実のニュースの文章と「あり得た/あり得る」かもしれないニュースが生成されていく。>

メディアと人とテクノロジーとの関係を見せる

畠中 ── 今回の作品は、最近の流行語でいうと「フェイクニュース」、いわゆる架空のニュースをつくり上げるわけですよね。しかし現在の情報を溜めて、どんどんシャッフルしていくと、その中に「未来にあり得るかもしれない」ニュースが含まれる可能性もある。もし、それが当たっていれば、AIが未来を予測したことになるかもしれません。

徳井 ── 畠中さんと「バベルの図書館」(ホルヘ・ルイス・ボルヘス作)という短編小説の話をしたじゃないですか。これはラテン語22文字のアルファベットと、カンマ、ピリオド、スペースで表現可能なすべての文字列を収めた架空の図書館の話ですが、ありとあらゆる文章が埋まっているという点では同じです。そこにロマンを感じました。

言語モデルによって生起する美しさに惹かれたことが、今回の作品の出発点でした。それをただ見せるだけでは技術のデモになってしまうので、そうならないためにはどうしたらいいだろうと考えながら制作しています。

── お二人はメディアアートとテクノロジーの関係をどのように捉えているのでしょうか。

徳井 ── わかりやすさや美しさ、最新の技術で圧倒するメディアアートもあっていいとは思うのですが、僕は「メディアと人とテクノロジーの関係」に新しい光を当てるのがメディアアートだと思っています。

今回は、AIがどういうものなのかという内側を見せたかったのに加え、AIがマスメディアと組み合わさった時に何が起きるのか、少し先の未来を垣間見せられればと考えました。

畠中 ── 今はメディアアートというジャンルの認知度が高まって、その反面、ジャンルのイメージが平準化している気がしています。テクノロジーが一般化したことで、誰もがメディアアート風の作品をつくれるようになりました。かえって徳井さんの作品の方が「こういうものもメディアアートなのか」と受け取られる状況です。

でも本当はメディアアートの作品というのは捉えどころがなく、イメージしにくいものです。何か固定的なスタイルを持ったものではなく、昨年の展覧会に付けたタイトルを借りれば、「メディア・コンシャス」な(メディアと意識的に相対する)姿勢を持ったアートこそがメディアアートなのだと考えています。

徳井 ── メディアへの意識に関して言えば、今回の作品は「モデルの仕組みを素直に見せたい」「ニューラルネットワークで起きていることを素直にビジュアライズしたい」という狙いもあったので、どれくらいわかりやすくするべきか迷いました。しかし結果として、割と抽象的な表現を選んだ面があると思います。

[ 脚注 ]

*4
モーフィング:ある物体から別の物体へと自然に変形する映像を、コンピュータグラフィックスなどで見せる技法。映画やアニメーションの中で使用されるほか、Aという文字や写真を、Bという異なる文字や写真へ徐々に変形させる手法はウェブサイトなどでも使われている。

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