No.014 特集:テクノロジーとアートの融合
Cross Talk

新たなシーンと連動した企画展

畠中 ── 20世紀が終わる頃に、メディアアートのイメージが変わり始めました。ICCの開館当初、多くの作家はシリコン・グラフィックスなどの高速演算処理のできる高価なコンピューターを使って、専門的な領域でプログラミングによる作品を制作していました。

それと同じようなことがMac OSやWindowsのラップトップコンピューターで実現可能になっていった。こうした変化によって、作品やメディアアート自体が変わってきた時代だと思います。

徳井 ── 僕も大学4年生の頃にコンピューターの力を借りて、これまで誰も想像していなかったこと、思いつかなかったような音楽的アイデアをかたちにできる世界が来たらいいなと思い、ソフトウェアをつくり始めました。

僕自身は楽譜も読めないし、楽器も大して弾けないレベルでしたが、DJをやるようになって、プログラミングを使った自分なりの音楽表現を模索するようになりました。

畠中 実氏と徳井 直生氏

畠中 ── CDも出していましたね。『Mind of the gap』は何年のアルバムでしたっけ?

徳井 ── 2002年です。

畠中 ── その頃はラップトップミュージック*4の愛好者が、つくる側も、聴く側も増えた時期ですね。ICCもそうした動向に関わっていたと思います。「Max(マックス)」というソフトウェアの勉強会もやりました。また、そこから自主的な勉強会が立ち上がったり。

徳井 ── その後、一緒にやっていく人たちとはその勉強会で出会いましたから。

畠中 ── 徳井さんがのちに一緒に仕事することになる澤井妙治さんや、ほかにも青木孝允さんや高木正勝さんなど、いろいろな人が登場してきて、みんなで新しい音楽を志向し、模索していた時代です。2000年代の前半はICCもそうした音楽シーンと連動していました。そのひとつが徳井さんにも出展してもらった2004年の「ネクスト:メディア・アートの新世代」展でした。

SONASPHERE - Biosphere of Sounds [図2] 徳井直生
《SONASPHERE - Biosphere of Sounds》2004年

〈道具や身体の拡張としてのコンピュータというユーザーとの関係性を「ひとまず否定する」というコンセプトに基づいて制作された音楽ソフトウェアがSONASPHERE。「ネクスト:メディア・アートの新世代」展の会場では同ソフトのインタラクティブ版を展示〉
写真提供:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]

徳井 ── SONASPHERE(ソナスフィア)はモジュラーシンセサイザーのシミュレーションのようなソフトで、前年に自分のために制作した音楽ツールでした。プログラミング環境になっていて、特定の機能を持ったオブジェクトを仮想空間の中に配置して繋いでいくことで音を出したり、音を加工したりできるものです。

物理的なシミュレーションでバネの力があったり、重力があったり、すごく複雑な動きが自然に生まれるので、ある種のカオス状態が空間の中で生まれます。わりとシンプルな構造なのですが、自分でも想像していなかった音が偶発的に生成されていくのですね。

畠中 ── 先ほどのカール・シムズの作品にもコンセプトが似ていますよね。

徳井 ── そうです。「何が生まれるかわからない」というところに、根本的な自分の興味があると思っています。

登場の前後で生活を変えたiPhone

徳井 ── 数年後に発売されたのがiPod、続いてiPhoneでした。iPhoneに入れた楽曲がシャッフルされて再生されていくのは、僕たちにとって新しい音楽体験でした。決まった楽曲を繰り返し聴くのではなく、その場で生成されていく音楽を聴くことに変わる。音楽を聴くという行為が変わる可能性をその時に感じたのです。

僕が最初につくったiPhoneアプリが2つあって、1つは半ばジョークのようなものでした。アプリを立ち上げてヘッドフォンをしながら街の中を歩いている時、段差を飛んで越えるとTVゲームの効果音のように「ピヨン♪」と鳴るといった簡単なアプリです。

もう1つは、マイクから入ってくる音を10秒くらいだけディレイさせて(遅らせて)ずっと再生し続けるアプリでした。両者のコンセプトは似ていて、それを着けて街中を歩くことで、普段の感覚が変わる、見慣れている風景でもぜんぜん違って見えてくるという効果を狙ったものです。

iPhone×Music iPhoneが予言する「いつか音楽と呼ばれるもの」 [図3] 『iPhone×Music iPhoneが予言する「いつか音楽と呼ばれるもの」』
徳井直生・永野哲久・金子智太郎共著

〈iPhoneの登場により音楽の作り方、楽しみ方がどう変化するのか、音楽の概念の変化や可能性を探る一冊〉

メディアアートといった大層なものではないのかもしれませんが、今まで美術館という限られた場所でしか届けられなかったものが、簡単に世界中の人に届けられることがわかり、iPhoneの持つポテンシャルを実感できたのです。

畠中 ── 僕がメディアアートについて説明する時には「ニューメディアとしてのアート」という説明をすることがあります。ただ新しいメディアという意味だけではなく、そこにはメディアが持つポテンシャルという意味も含めています。あるメディアが登場し、それ以後の人間の生活様式などをまるで変えてしまうことがある。そういう以前と以後を完全に分けてしまうのが、ニューメディアの特徴のひとつだと思っています。

例えば、ウォークマンが出てくる前には「歩きながら音楽を聴く」という生活はなかった(ラジオを聞いたりはありましたが)。iPhoneが提案したことは、さらにその先を行くものでした。「音楽を持って外に出かけよう」と言ったのがウォークマンならば、もっと音楽を自分の身の回りの環境のように扱ったり、自分や環境に合わせた音を奏でたり、あるいはそれをネットワークで共有したりというビジョンを提案したのがiPhoneでした。

音楽というもののあり方が、iPhoneというニューメディアの登場によって、それ以前と以後が完全に変わったのです。

[ 脚注 ]

*4
ラップトップミュージック:ラップトップコンピュータの処理速度の向上とともに可能になった、実験的な音楽パフォーマンスをラップトップ上で行う行為。またそうした音楽に特有の音色などの特徴を含めた音楽ジャンル。

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