No.014 特集:テクノロジーとアートの融合
Scientist Interview

欧米ではメーカーもアーティストと協働

── アートとテクノロジーの接点は、どんなきっかけで意識するようになったのですか。

90年代半ばにアメリカで、スタンフォード大学のデザインワークショップに参加したことが大きかったです。一般的な「仕様を決めて、その後に設計する」といった手法とは全く違うものに触れました。アメリカ西海岸の企業で確立されたこのアプローチは、ドローイングによるブレインストーミングや、ラピッドプロトタイピング*5をベースとした「ビジュアルシンキング*6」と呼ばれていて、ETC(Express-Test=Cycle)を回すほどいいものができる、というものでした。そのとき、工学の世界にはない視点を使って、新たなツールや素材をつくっていくことの重要性がわかったのです。

── そのような環境で、すでにアーティストは活躍していたのでしょうか。

スタンフォード大の機械工学科で力説されていたのは「アーティストとの協働が大事」ということです。ビジュアル・シンキングに取り組んでいた故ラルフ・ファステ教授の研究室は、実際に近くのアートスクールとの授業を持っていました。エンジニアリングとアートを近しいものにするという実践を、すでに行っていたのですね。

機を同じくして、日本でも90年代のアートにはユニークな動きがありました。宮島達男さんや森村泰昌さんのような人だけでなく、椿昇さん、ヤノベケンジさん、中原浩大さん、そして新学科の立ち上げを一緒にした三上晴子さんといった個性的なアーティストが登場し始めました。

── 当時はメディア・アーティストという呼び名をされなかったかもしれませんが、インターネットが普及する前夜、テクノロジーをテーマにしたアーティストが一斉に活躍しだしたのですね。

やはり、80年代にコンピュータがパーソナルになったことが1つの要因だったのでしょう。メディアがパーソナルになるときに、文化が交錯します。大学で1時間あたり何千円という利用料を取るコンピュータに比べれば、性能は低くても、24時間いつでも自分一人で使えるコンピュータが手に入ることによって、テクノロジーとの関係性が変わってきます。個人でゲームをやるだけでなく、自分で音楽をつくったり、絵を描いたりすることができるようになるのです。

── アラン・ケイ氏のいわゆる「ダイナブック」構想*7が実現したのだと思いますが、今やスマホのような小型コンピュータを大多数の人が持つようになりました。数十年前、今日のような社会は想像できなかったのでは?

美術をやっていると面白いのは、実装する前にアイデアが出てくる点ですね。アーティストとは、ある種の先進ユーザーです。欧米の企業でよく言われていたのが「新しいテクノロジーが生まれたら、まずはアーティストに渡せ」と。そうするとテクノロジーの新たな使い方をいろいろ発見してくれるからです。

新しいテクノロジーが世に出たとき、どういう可能性があるか。全く新しいテクノロジーを製品やサービスにしようとしたとき、ユーザーインタビューやマーケット調査を繰り返してもわかりません。しかし、アーティストやクリエイターといった人々は常にチャレンジングで、新しいものをすでにあったものとして使おうとはしません。AとBを組み合わせて、かつてないCを生み出そうとします。

新たなテクノロジーは必ず抵抗に遭う

── 故スティーブ・ジョブズ氏に言わせれば、アーティストは「クレイジーな人たち」ということになるのでしょうね。私たち一般のユーザーは、これまでの経験に基づく範囲内で使い方を発想するしかありませんから。

多くの人は「見慣れないものを見慣れたものにしようとする」のです。新しいものに出会うと「自分の近しいものに似ているな、まるで○○みたいだ」と既存の概念やモノに回収してしまう。それは1つの安全なものごとの見方ではありますが、“クレイジーと呼ばれる人たち”は、その逆で「見慣れたものを見慣れないものにする」ことを好みます。さらに、2つの異なる技術や文化を組み合わせて、新しい技術にジャンプさせるような役割も担います。

現代における「70年代のパーソナル・コンピュータ」に相当するものは何なのか、ということを自分の研究でも常に考えています。2010年以降、私たちが「衛星芸術プロジェクト*8」やバイオアートに取り組んでいるのもその一環です。コンピュータアートの黎明期だった70年代には、コンピュータを使ったアートやデザインを多くの人は邪道だとしました。「人間性の最も尊い部分を機械が肩代わりできるわけがない、コンピュータは『悪魔の機械』だ!」と(笑)。

アートサット・ツー デスパッチ
[図2] 「アートサット・ツー デスパッチ」
CREDIT: ARTSAT

テクノロジーの登場によって人間の領域が侵されるという主張は、産業革命初期の「ラッダイト運動*9」を思い起こさせます。今もAIが人間の仕事を奪ってしまう、という声が出ていますよね。新しいテクノロジーが登場したとき、多くの人々が危機を感じるという場面は、どの時代でも繰り返されるのです。

[ 脚注 ]

*5
ラピッドプロトタイピング: プロダクトやサービスの開発過程で用いられる試作手法。手を動かしながら発想すること、アイデアをすぐさま形にして検証することを目的に、デジタル・ファブリケーションなどの技術を用いて試作を素早く繰り返す。
*6
ビジュアル・シンキング: ロジカル・シンキング(論理思考)の対となる概念。図解思考、視覚思考。
*7
アラン・ケイ/「ダイナブック」構想: オブジェクト指向プログラミングとユーザインタフェース設計に関する初期の功績で知られる、米国の計算機科学者。1972年の著書“A Personal Computer for Children of All Ages”で示した個人用コンピュータの構想(GUIを搭載したA4サイズ程度の片手で持てる小型コンピュータ)が「ダイナブック構想」と名付けられており、パーソナルコンピュータの父と言われることもある。
*8
衛星芸術プロジェクト(ARTSAT): 地球を周回する「宇宙と地上を結ぶメディア」としての衛星を使って、さまざまな芸術作品の制作を展開していくプロジェクト。http://artsat.jp/
*9
ラッダイト運動: 1811年〜1817年頃にかけ、産業革命に伴って機械導入が普及しだした英国中・北部の織物工業地帯に起こった、工場労働者を中心とした機械破壊運動。

Copyright©2011- Tokyo Electron Limited, All Rights Reserved.