No.014 特集:テクノロジーとアートの融合
Scientist Interview
久保田 晃弘(くぼた あきひろ)

作家や作品という概念は解体される

── 今後のアートは、テクノロジーの発展とそれによって変化する社会や世界そのものと無縁ではないということですね。

ジュラ紀や白亜紀といった地質年代にならって、私たちが新たに突入している時代を「人新世(アントロポセン)」と呼ぶ学者もいます。これは「人間活動が自然界に決定的な影響を及ぼす時代」ということです。人間の活動それ自体が、人間そのものを変えていくかもしれません。AIもその1つです。

AIが美術に与える一番の影響は「作家」や「作品」といった概念の消滅だと思っています。例えば「アルファ碁」という囲碁AIと人間の棋士の対戦を思い浮かべたとき、いかにも1対1で対戦しているかのように見えますが、AIの向こうにはコンピュータのクラスターだったり、プログラマーのチームだったり、アドバイスする棋士たちがいる。いわば「森」のようなアノニマスな相手に立ち向かうイメージの方が近い。

こうしたソフトウェアと同様、創作の世界における作品も「ある共同体が生み出したある機能」といった位置付けになるかもしれません。いわゆる近代的な「個人」に根ざした作家、その主観に根ざした作品というものがあまり必要とされなくなり、やがて消えていくのだと思います。

── 作家や作品の終わりが訪れるという説は、美術大学の教育者が描くにしては過激な未来像にも聞こえますね。

その代わりに必要になるのは、人間の鑑賞による「解釈」です。70年代から30年間をかけて「Aaron(アーロン)」という絵を描くAIを開発し続けた画家、故ハロルド・コーエンさんがこのようなことを言っていました。「芸術作品の役割はコミュニケーションではない。作家の主観を鑑賞者に伝えるものと考えている限り、芸術に未来はない。鑑賞者による意味の『生成』こそが芸術である」と。

芸術作品は自分の知識や経験を総動員して体験するものであって、作品の鑑賞に唯一の正解はないし、作家が考えていないことを感じたからといって間違いだということもありません。むしろ、豊かな意味を引き出してくれるものこそが、優れた芸術と呼ばれるようになるのではないでしょうか。つくる行為よりも、鑑賞する行為が大切になるのだと思います。囲碁AIにしても「勝ち負けより大切なものがある」と言った時点で、私たちは使う側になれるわけですから。

時代とともに芸術の意味も変わります。20世紀にマルセル・デュシャンはレディメイド*16に意味を見出し、アンディ・ウォーホルは複製性にアートを見ました。21世紀に生きる私たちは、人間がつくったアルファ碁のようなAIがあたかも森のように、自然のように振る舞うのを目撃しています。かつて人間は森に畏れや美、宇宙を見ていました。こうした「新たな自然」を解釈する多様性を与えてくれるものこそが、これからの芸術作品と呼ばれるようになると思います。

社会が変化するときに芸術が力を出す

── あらためて、これからの社会における美術大学やアーティストの役割とは何でしょうか。

美術作品は表現だけでなく、その背後にあるコンテクスト(文脈)が重要です。人間の歴史だったり、社会の動向だったり、作品が置かれるコンテクストをリサーチして推測し、解釈し、明確にできること。それが美術大学でやるべき教育だと考えています。

アーティストの重要な役目には、むやみに「テクノロジーを肯定しない」ということもあります。エンジニアの場合、どうしてもテクノロジーを肯定する立場になってしまう。アーティストがテクノロジーを批判するのは、それが嫌いだからではなく、皆が使っているスマホにしても「現状でいいのかな」と考えることで、もっと良いものにできるかもしれないからです。ただ肯定して消費するだけではもったいない。そのための異なる視点を与えてくれる存在がアーティストだと思うのです。

── 社会の中にそういう役割の人が一定数いると、社会を良い方向へ前進させられる気がします。

アートには、社会の「底力」みたいなところがあります。それはピンチになると発揮される力で、調子が良いときではなく、困ったときに初めて「実は他にもいろいろなやり方がある」と言えるような役割ですね。

── 今は平時なのかと思いきや、AIにしろ、バイオにしろ、もしかするとテクノロジーの過渡期の終わりというか、これからの行く先を判断するギリギリの時期に当たるのかもしれません。

さまざまな分野の人と話し合っていかないと、こうした問題の解決は絶対に無理だと思います。専門家や有識者がクローズドな場所に集まって決めたものに「はい、従ってください」という時代ではなくなっている。社会の底力としてのアートの役割は、これからますます重要になると信じています。

[ 脚注 ]

*16
レディメイド: 芸術家、マルセル・デュシャン(1887-1968)よって生み出された芸術上の概念。芸術は複製不可能であるという既成概念(オーダーメイド)に疑問を投げかけた。1917年の作品「泉」が有名。

東京エレクトロンのスポンサー活動の一環である「Solaé Art Gallery Project」には、久保田氏の教え子で、アーティストでありながら、現在多摩美術大学で教鞭をとっているやんツー氏にもご登場いただいています:http://www.tel.co.jp/promotion/sponsor/event/solae/

久保田 晃弘(くぼた あきひろ)
 

Profile

久保田 晃弘(くぼた あきひろ)

東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻 教授
多摩美術大学情報デザイン学科メディア芸術コース教授/メディアセンター所長。工学博士。
1988年、東京大学大学院工学系研究科船舶工学専攻博士課程修了。
91〜92年、東京大学工学部船舶海洋工学科 助教授。
92〜97年、東京大学人工物工学研究センター 助教授。
数値流体力学、人工物工学(設計科学)に関する研究を経て、1998年に多摩美術大学美術学部情報デザイン学科助教授。03年より教授。

2010年より衛星芸術プロジェクト(ARTSAT)、2015年より自然知能研究グループにて研究に取り組んでいる。衛星芸術、バイオアート、デジタル・ファブリケーション、ライブ・コーディングによるサウンド・パフォーマンスなど、さまざまな領域を横断・結合するハイブリッドな創作の世界を開拓中。

Writer

神吉 弘邦(かんき ひろくに)

1974年生まれ。ライター/エディター。
日経BP社『日経パソコン』『日経ベストPC』編集部の後、同社のカルチャー誌『soltero』とメタローグ社の書評誌『recoreco』の創刊編集を担当。デザイン誌『AXIS』編集部を経て2010年よりフリー。広義のデザインをキーワードに、カルチャー誌、建築誌などの媒体で編集・執筆活動を行う。Twitterアカウントは、@h_kanki

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