No.014 特集:テクノロジーとアートの融合
Scientist Interview

加工できるからこそ本来の価値が伝わる

── お酒を実際に楽しんでもらうというアナログ的な表現と、お客様が自ら香りの原料を発見していくというデジタルならではの表現を、うまくシンクロさせているのですね。

鈴木 ── デジタル技術の別の可能性を生かした例もあります。私たちは、2017年1月28日~5月21日にデジタルアートの展覧会「スーパー浮世絵 『江戸の秘密』展」を開催しました。世界的な浮世絵コレクターであるボストン美術館の所蔵品の中には、世界で最も美しいと言われる門外不出の浮世絵を集めた「スポルディング・コレクション」と呼ばれるものがあります。そのコレクションを中心に2万点のデジタルデータを使って、浮世絵を楽しむ人の層を広げようという試みでした。

スーパー浮世絵「江戸の秘密展」
[図2] スーパー浮世絵「江戸の秘密展」
浮世絵をレイヤーごとに分け、江戸の吉原をテーマとして表現したゾーン。華やかな花魁が桜の下を歩き、格子の前に立つと花魁が微笑み返してくれる。

いくら高精細のデジタルデータであっても、浮世絵を単純に画で見せるだけでは、本物にはとうていかないません。そこで、デジタルだから伝えることができる価値とは何かを探究し、浮世絵が描かれた江戸という、時代の文化や風俗の空気を感じてもらえるように工夫しました。考えてみれば、浮世絵とは大衆エンタテインメントだったわけです。版画という印刷技術を使って、一般の人が安い価格で買えるようにした情報メディアというのが浮世絵なのです。そこには、江戸の人々が知りたい情報、例えば芸能、ファッション、ゴシップ、政治風刺などが盛り込まれていました。現代で言えば、写真週刊誌のようなものです。

こうした、浮世絵本来の役割を今風に表現する上で、複製や加工ができるデジタル技術は本物の作品以上に適しています。拡大したり、動かしたり、立体的に見せたりして、浮世絵が持つ精神は守りながら、江戸の様子を生き生きと再現することができるからです。本物が持っている価値を今風に表現すれば、大衆エンタテインメントとしての浮世絵の面白さを現代の若い人たちに伝えることができると考えました。

葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」の中を大魚が泳ぐ図葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」の中を大魚が泳ぐ図
[図3] スーパー浮世絵「江戸の秘密展」
幅22mの葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」の中を大魚が泳ぐ図(左)と、格子越しに微笑む花魁(右)。

── 美術品の複製は、ネガティブに語られることが多いのですが、複製だからこそ発展した広がりを生み出すことができる場合もあるのですね。

鈴木 ── 今回の展覧会を開催するに当たって、もしかすると浮世絵の研究者の方からお叱りを受けるのではないかと心配していました。そして実際に、「こんなのは浮世絵ではない」という言葉もいただいています。しかし、多くの若い人たちが見に来てくれたことを、「デジタル技術の新しい可能性」として好意的に捉えてくれた方々が、それ以上に多くいました。来場した若い人たちからも、「なんか江戸ってかっこよかった」と、これまでの浮世絵展では聞かれなかったような感想が出ています。

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