No.014 特集:テクノロジーとアートの融合
連載02 電脳設計者の天才的な設計
Series Report

3種類の最適化手法を使い分け

最適化技術では、質量を最小にするといった設計上の狙いを「目的関数」、寸法など変更可能なパラメーターを「設計変数」、満たすべき設計基準などを「制約条件」と呼ぶ。つまり最適化技術とは、「制約条件下で目的関数を満たす、最適な設計変数を計算で導き出す技術のこと」と言える。そして、最適化技術のうち、最適化の対象が工業製品や建築物などの構造である場合を構造最適化と呼ぶ。この場合の構造とは、例えば自動車のボディーの構造、橋の骨組みの構造などを指す。実際の工業製品の構造設計では、「数値最適化」「形状最適化」「トポロジー(位相)最適化」の3つの最適化技術が使われている(図2)。現在の工業製品の設計者は、それぞれの最適化技術を、目的に応じてどのように使い分けるかが腕の見せ所になっている。

構造設計で利用されている3つの最適化
[図2] 構造設計で利用されている3つの最適化

数値最適化は、設計対象となるモノの長さや高さ、厚さといった構造を規定する寸法や、特性などの数値を変えて最適解を探る最適化である。最も簡単な構造最適化の方法であり、計算量も少ない。最近では汎用的な解析ソフトウエアでも実行できるようになってきた。ただし、形を変えるうえでの自由度が少ないため、最適化を進めてもそれほど大きな性能向上は期待できない。設計するモノの形が大まかに決まった後、設計変数である部品の厚さなどの値を少しずつ変えて、さらなる軽量化を目指すといった設計終盤の詰めの段階で使う。

形状最適化は、構造物の表面形状を設計変数とする。その手法の一例を挙げると、モノの表面形状を表面上に点を置くことで大まかに表現し、それぞれの点を移動させることで形状を変えて最適な構造を探る。寸法最適化よりも多くの設計変数を扱うことになるため、より高性能な構造を探り出せる可能性が高い。ただし、モノの表面を規定する点の位置を動かすだけなので、板に穴をあけてしまう、何もなかった部分に梁を渡すといった形態の変化はできない。そのため、寸法最適化と同様に、大まかな設計案が決まった段階で、より性能を高めるために利用することが多い。

トポロジー最適化の実用化が電脳設計者を生み出した

トポロジー最適化は、以下のような手順で進める。まず、最適化前の初期形状(既存形状)を基に、設計対象となるモノが占有する可能性がある空間(設計空間)をまず決めてしまう(図3)。そして、設計空間を微細な領域に分割し、初期形状で「モノがある領域」と「ない領域」を分別しておく。これは、モザイクでモノを描くようなイメージである。次に、初期形状での強度分布をシミュレーションで検証し、力が集中していない部分の微細領域からモノを抜く(図中の「トポロジー最適化結果形状」では色の違いで強度分布を示している)。ちょうど、バランスゲームの「ジェンガ」のような要領だ。逆に、強度の補強が必要な部分には、元々モノがなかった微小領域にモノを詰めて補強する。この作業を繰り返し行うことで、制約条件を満たしながら目的関数に沿った形を見つけ出し、これを3次元CADの入力データにする。この方法ならば、解析結果を反映させながら、設計するモノに自由自在に穴をあけたり埋めたりできる。

トポロジー最適化の進め方
[図3] トポロジー最適化の進め方
トポロジー最適化によって、人工衛星のアンテナの支柱を、強度を維持しながら軽量化した事例。
出典:アルテアエンジニアリング

トポロジー最適化を使えば、設計するモノの強度などを維持する際に、不要な部分の材料を思い切り削っていくことができる。このため、特に軽量化を推し進めるうえで効果的な手法である。形態自体が設計変数になるため、他の2つの最適化技術よりも形を変えていく際の自由度が高く、より高性能な構造を見つけ出す可能性がある。構造をどう決めてもよい設計初期に、大まかな形を検討するのに適していると言えよう。

このトポロジー最適化の実用化こそが、電脳設計者がベテラン設計者を陵駕する設計を生み出せるようになった要因である。人間は、経験の中で培った直感で、条件に合った形を生み出す能力を持っている。その半面、経験は固定観念も同時に植え付けてしまう。トポロジー最適化によって形を進化させる際の自由度が高まったことで、人間の発想では及ばない範囲にある設計案を探索し、より良いアイデアを得ることができるようになったのだ。

トポロジー最適化の基本的な考え方は、1980年代までに数学者によって理論が構築され、1988年にデンマーク工科大学教授のMartin P.Bendsøe氏とミシガン大学教授の菊池昇氏(現豊田中央研究所所長)によって工学への利用が提唱された。最近トポロジー最適化の活用が活発になったのは、様々な3次元CADメーカーが対応製品を次々と市場投入し、クラウドコンピューティングなど莫大な計算量をこなせるインフラが整ったためである。2010年ころから、工業製品の開発現場での利用事例が増え始め、現在では自動車メーカーなどで盛んに利用されるようになった。トポロジー最適化によって車体性能の向上と軽量化を進めた自動車の市場投入は、今が旬であり、これから性能面での飛躍が期待されている。

Copyright©2011- Tokyo Electron Limited, All Rights Reserved.