No.014 特集:テクノロジーとアートの融合
連載02 電脳設計者の天才的な設計
Series Report

着実に有能になる設計のパートナー

電脳設計者と人間の設計者の役割分担の様子を総括すると、「電脳設計者は、人間の設計者が、より良い設計を突き詰めるためのパートナーである」と言える。設計の主体はあくまでも人間であり、設計の方向性を決めるのも、設計した結果に責任を負うのも人間の役割になる。その一方で、電脳設計者には、人間の設計者にはない、客観的で愚直な試行錯誤に基づく合理的な解を探り出す能力がある。両者がうまく協調すれば、これまで実現できなかったような、突き抜けた性能を持つ製品を設計できるようになるだろう。

ただし、両者の役割は、未来永劫変わらないというわけではない。技術が進化し、電脳設計者の能力が向上して、自動化できる領域が拡大すると、役割分担のかたちは自ずと再定義せざるを得なくなる。実際に電脳設計者は、着実に新しい能力を身に付けつつあるのだ。先に挙げた、人間の設計者が担っている3つの作業のうち、「設計条件の指定」と「生産技術との擦り合わせ」に関しては、電脳設計者が徐々に能力を取得する方向に向かっている。

コンピュータで扱える情報がどんどん増えている

人間の設計者は、電脳設計者に指定する設計条件を考える際、過去の経験や熟練者としての勘を基にしている。商品を企画した人の意図、想定される利用シーン、遵守すべき法規、技術標準、生産技術など、様々な要件を経験に照らし合わせているわけだ。しかし、そうして熟慮して設計した製品であっても、市場投入した後には、設計段階で想定していなかった環境下で使われる可能性がある。実際、リコールを招いた不具合の原因の多くは設計工程にあり、設計者の思い込みや想像力不足といった人的要因に起因しているという。

現在の工業製品の開発では、こうした設計時に勘案すべき様々な要件――製品の企画・開発から生産・保守・廃棄に至るまで、つまり製品のライフサイクル全般の情報――は一元管理するPLM(Product Lifecycle Management)システムの中に入れて管理している(図4)。PLMシステムで管理されている数値化したデータや明文化された情報は、コンピュータが扱いやすいデータの形だ。こうしたこともあり、かなり曖昧な文書であっても、AIの発達とともに解釈や傾向の抽出ができるようになってきた。

金属材料をロボットで積層して骨格を作っている様子
[図4] 設計でのPLMシステムの活用
出典:PTCの資料を基に作成

また最近では、製品にセンサが内蔵されており、ネットにつないでIoTシステムを構築すれば、製品のありのままの利用状況や、どのように機能しているかを知ることができるようになってきた。これによって、製品を使う声なきユーザーのニーズまでも収集し、設計の参照データとして活用できるようになったのだ。こうした情報は、これまで人間の設計者が、想像で埋めるしかなかった部分だ。そのため、的確な設計条件を設定する作業においても、電脳設計者が人間の設計者を超える可能性が出てきている。

さらに、PLMシステムでは、設計した3Dモデルと共に、特性のシミュレーションデータ、プロトタイプの特性、生産時の歩留まり、品質データなども合わせて管理している。設計モデルと、それを生産した時のデータが、因果関係を明示しながらデータ化されているのだ。過去の製品に関わるこうしたデータを、新たな製品を設計する段階で簡単に参照できるため、電脳設計者は人間の設計者よりもうまく、生産と設計を擦り合わせられるだろう。

「Machine First」という発想の衝撃

電脳設計者がますます有能になっていくと、人間の設計者にはどんな仕事が残るのだろうか。AIやロボットの活用で世界をリードし、実際のビジネスで目覚ましい成果を上げている企業の動向を見ると、かなり恐ろしいトレンドが見えてくる。人間の能力が足りない部分を機械で補うのではなく、機械の能力が足りない部分を人間で補うという発想が重要になってきているのだ。

最近、特に日本で、少子高齢化による人手不足対策としてAIやロボットの活用を考える機運が高まっている。しかし、これは既存事業を維持するための策としては一定の成果を上げるかもしれないが、熾烈な企業間競争が繰り広げられている分野で勝ち抜く策にはならない可能性が高い。この点は、工業製品の設計に関しても当てはまる。電脳設計者を人手不足の解消策として使っても成功しないだろう。

世界をリードする企業は、労働者の雇用の維持に関してかなりドライだ。例えば、アメリカのAmazonは、迅速かつ低コストで商品を配送する体制を整えるため、在庫の管理にAIを使い、膨大な在庫品の中から発送すべき商品を選び出す作業にロボットを活用している。人間の作業員を配置しているのは、商品の箱詰めといった一部分だけだ。本当は全てを機械化したいのだが、ロボットにはきめ細かく丁寧な商品の扱いができないため、仕方なく人を使っている。言わば、「Machine First」と呼べる発想に基づく、機械と人間の役割を逆転させた考え方だ(図5)。

金属材料をロボットで積層して骨格を作っている様子
[図5] 機械にできることは全て機械に任せ、できないところだけに人間を配置するのが「Machine First」

Amazonは人手不足を理由にAIやロボットを活用しているわけではない。機械に任せられることは任せてしまった方が、効率的かつ効果的な、付加価値の高い物流体制を作り出せると考えているのだ。工業製品の設計も同様である。電脳設計者が担う仕事の幅が広がれば、人間の設計者の居場所は少なくなっていき、機械に席を譲ることになるだろう。

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