No.014 特集:テクノロジーとアートの融合
連載02 電脳設計者の天才的な設計
Series Report

マス・カスタマイゼーションは設計に踏み込めるか

では、製造業で「Machine First」に基づく電脳設計者の活用を実践すると、どのような新しい価値を生み出すことができるのだろうか。ここで浮上してくるのが、「マス・カスタマイゼーション」という新しいものづくりの形である。

マス・カスタマイゼーションとは、消費者のニーズに合った仕様の商品を、あつらえて生産・供給しようとするものだ。ただし、多様なニーズの全てに応じて、1点モノの製品を開発・生産することはできない。開発・生産コストが高くなり、リードタイムも相応の期間を要するため、とても一般人が普段使いできるような製品にはならないからだ。そこで、設計上や生産技術の工夫で、低コストかつ短期間でなるべく多くのニーズにカスタム対応できるようにする点が、マス・カスタマイゼーションというコンセプトの要諦となる。

そもそも、カスタム対応すると、なぜコストが高くなり、リードタイムが長期化するのか。それは、製品開発や生産体制の調整に、人手が掛かるからである。現在、マス・カスタマイゼーションに対応できる生産体制について、ドイツが提唱する「Industry 4.0」の中で、変種変量生産に対応する柔軟な生産技術の確立が進んでいる。一方、製品開発に関しては、モジュール化した標準部品の中からニーズに応じて選択し、それを組み合わせることで、多様な製品を生産することが想定されている(図6)。ここに、進化した電脳設計者を活用すれば、標準部品のさらなるカスタマイズ化が可能になる。一歩踏み込んだマス・カスタマイゼーションが実現するのだ。

現在想定されているマス・カスタマイゼーション
[図6] 現在想定されているマス・カスタマイゼーションでは、モジュール化された標準部品を組み合わせて個々のニーズに対応しようとしている
出典:日産自動車

電脳設計者の設計案は誰のもの

電脳設計者の技術が進歩して、洗練された設計を要領よく迅速に生み出すようになると、思ってもみなかったような新たな大問題が発生する。電脳設計者やAIが生み出した創作物の権利の所在である。現行法制度では、人間以外が創作したものは、権利の対象にはなっていない。ただし、人間が道具としてコンピュータを利用して作り出した創作物は、権利の対象になる。

一見、これで何の問題もないように見えるのだが、電脳設計者やAIが優秀すぎると様々な問題が生じてくる。人間のクオリティを上回る設計を、電脳設計者が大量かつ迅速に生み出し続けると、もはや人間が権利を主張できる領域がなくなってしまう可能性があるのだ。こうした未来の到来を見据えて、日本政府は「知的財産推進計画2016」の中に、AIによる創作物などに対する法制度の検討を明記した。さらに、日本弁理士会もAIが自動生成した知的財産の取り扱いについて検討を始めている。

著作権を巡っては、AI開発のインセンティブとして創作物に著作権を認めるべきだという推進論と、著作権の権利が強いためコンテンツの寡占を招きかねないという慎重論がある。著作権の発生には登録審査が要らないため、AIが人間をはるかに上回るペースでコンテンツを量産すると、市場を壊してしまう可能性がある。このため、権利の強さに強弱を設ける制度の導入も検討中だ。一方、登録制である意匠権は寡占リスクが低く、既にデザイン支援や類似デザインとの照合にAIが使われている。今後は、AIが創作したのか、人間が創作したのか判別がつかない場合はどう扱うべきか、といった点が議論の焦点になるだろう。

ものづくりの現場では、もはや電脳設計者との共存が不可避となっている。そのため人間の設計者は、電脳設計者を効果的に活用し、新しい価値を持ったビジネスや製品を創出する能力が問われていると言えるだろう。

Writer

伊藤 元昭(いとう もとあき)

株式会社エンライト 代表

富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。

2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。

URL: http://www.enlight-inc.co.jp/

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