No.015 特集:5Gで変わる私たちのくらし
Laboratolies

ヒトの能力は、機械との融合で拡張できる

2017.11.30

東京大学稲見・檜山研究室

京都大学 土佐研究室

人工知能やロボットが人の職を奪うのではないか、といった話題が盛んに語られるようになった時代の中で、機械に仕事を任せ切るのではなく、機械の力で人間の能力を拡張する方法を探究しているのが、東京大学の稲見昌彦教授である。人と機械の関係を近づける同氏の研究は、デバイス技術、情報技術、感覚や知覚などの生理、さらにはスポーツやアートなど、様々な知見を高度に融合させたものだ。大学としては類を見ない、立派なリビングスペースを備えた稲見教授の研究室を訪ね、複合的な研究テーマに学生が取り組む際の気構えなどについて話を伺った。

(インタビュー・文/伊藤元昭)

稲見 昌彦教授 芹沢 信也
第1部 稲見 昌彦教授

機械に頼る「自動化」ではなく、人の意思を尊重する「自在化」

Telescope Magazine(以下TM) ── 稲見・檜山研究室のホームページには、研究ビジョンとして、「機械に作業を代替させる『自動化』ではなく、本来人がやりたいことを自在に行う『自在化』を追求している」と書かれています。機械や電子の先端技術の開発では、ついつい「自動化」にばかり気が向きがちな中、「自在化」という言葉がすごく新鮮に映りました。

稲見 ── 「自在化」という言葉は、もともと仏教用語です。自分自身をある枠から解き放って、心を解放することが自在化の意味だそうです。今ある肉体の制約を技術の力で解き放つことにより、本来やりたくてもできなかったことが可能になる。もしくは、体が弱ってしまっても健康な時と同じように活躍できる。こうした技術が、これからは大切になるという思いで、自在化を実現するための研究をしています。

自動化はこれから、人工知能(AI)やロボットの発展によって、どんどん進んでいくと思います。すると、人間が存在する価値がどこにあるのかが問われることになるでしょう。人間には自分がやりたいことがあり、意思もあります。ならば、それをアシストするものが必要になると思うのです。

コミュニケーションロボットのBOCCO
[写真1] 携帯からメッセージを送り、メッセージを読み上げることができるコミュニケーションロボットのBOCCO。

TM ── 稲見・檜山研究室では、仮想現実(VR)や拡張現実(AR)など、人と機械の関わりをより強める研究をしていますが、先生は元々、どのような研究をなされて、今の研究に至ったのでしょうか。

稲見 ── 学生時代の専門はバイオテクノロジーでした。卒業研究や修士論文は、バイオセンサなどをテーマにして、顕微鏡レベルで生き物から情報を取ったり、刺激を与えたりする研究をしていました。生物と機械のミクロな関わりを調べていたわけです。そうした中で、生物と機械をうまく組み合わせれば、人間の能力を拡張できるかもしれないと考えるようになりました。

一方で、趣味として、私はロボットのサークルに入っていました。在学していた1990年代は、第1次VRブームでしたから、友人とVRシステムも作りました。そして、人の外から機械で働きかけるマクロなアプローチでも、思い描いていた能力拡張ができるのではないかと思い始めたのです。そこで、博士課程からは、VR、ロボット、テレイグジスタンス*1を研究テーマにしました。

稲見 昌彦教授

TM ── VRのような人と機械を結ぶ技術の研究者には、機械や電子的な技術の研究を起点にして、人との関わりへと興味が進む方が多いと思います。先生は、逆に人や生物の研究から入っているのですね。

稲見 ── 今でも興味があるのは、機械より人間の方です。能力を拡張する機械によって、人間がどう変わっていくのか。また、能力が拡張できた時に、社会の考え方がどう変わるのかが気になります。人間というものを、技術の進歩を通して知りたいのです。

このテーマで研究を始めて約20年になりますが、その間、人間は大きく変わっていません。しかし、機械を作る技術は大きく進歩しました。そのためこのテーマは、新しい発見や研究成果が、絶えず生まれる刺激的なものになっています。

[ 脚注 ]

*1
テレイグジスタンス: テレイグジスタンスとは、遠隔地にいる人の存在感を、工学的な仕組みで伝えるための技術。海外支社にいる人が、あたかも会議に出席しているように感じさせるといった用途に使われる。

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