No.010 特集:2020年の通信・インフラ
連載01 人工知能の可能性、必要性、脅威
Series Report

第1回
なぜ人工知能が求められているのか

 

  • 2016.02.02
  • 文/伊藤 元昭

近年、人工知能に関する話題が目に見えて増えてきた。「人工知能がクイズ番組で優勝した」「将棋のプロに勝った」という新聞記事から、「人工知能が人類を滅ぼす」という有識者の論調までさまざまである。実は、こうした目立つ動きや論調とは別次元で、人工知能の利用が着実に進み、人々の暮らしや社会活動を変えつつある。そして、「ホワイトカラーの産業革命」が進行している。そのインパクトは、企業や組織の上層にいる人ほど大きい。本連載では、第1回で人工知能が求められている理由を、第2回で人間を超える知性を実現できるか否かを、第3回で人工知能の脅威と共生に向けた視点をそれぞれ紹介する。

ネットで検索サイトを利用すると、ホームページの横になぜかいつも同じような広告が表示される。「表示している商品を売っているのは超大企業というわけではないのに、随分と広告費を掛けているんだな」と感心して同僚が使っているパソコン上の検索サイトを見ると、別の企業の広告が表示されている。これは、検索サービスを提供している企業が、利用者の検索ワードを分析して、それぞれの利用者が興味を持ちそうな広告を表示しているのである。それぞれの利用者の検索ワードが違うので、表示されていた広告も違っていたのだ。では、誰が利用者の検索ワードを分析して、表示する広告を決めていたのか。分析と意思決定をしていたのは、人ではなく人工知能である。

消費者の行動や嗜好を分析して、商品の販売手法を考えるのは、マーケッターの仕事である。まぎれもなくホワイトカラーの仕事であり、腕利きであれば高給取りになれる職種である。通常マーケッターは、お金持ちの外商さんなどを除けば、消費者一人ひとりを分析や商品販売の対象にすることはない。高いスキルや経験を持つ人材を、そのような非効率な仕事に回すことができないからだ。つまり、検索サービスで使っている人工知能は、人間のマーケッターでは踏み込めない仕事の領域に入っているといえる。

人工知能は敵か味方か

利用者の興味に合った広告を表示するIT企業のサービスは、優れたビジネスモデルの代表という切り口から語られることが多い。しかし、このサービスを提供できる能力を持った人工知能が、別の分野に使われたら何が起きるのか。こうした切り口から、想像力を働かせてみたい。

人工知能は、世の中のありとあらゆる職種のホワイトカラーにとって、これまで考えられなかったような成果をもたらす強力な武器になる可能性がある。逆に、自分の職を奪う唾棄すべき存在になるかもしれない。「人工知能といかに対峙し、利用すべきか」は、ITシステムに興味を持つ人だけではなく、あらゆる社会人にとっての大きなテーマになることだろう。

東大入学を目指す人工知能の開発を進めているユニークなプロジェクトを指揮している国立情報学研究所 社会共有知研究センター長の新井紀子氏は、「コンピュータが仕事を奪う」という本を2010年に出版した。2030年には、ホワイトカラーが担っている仕事の半数が人工知能に代わるという内容である。法学部の学生から数学者に転身した異色の経歴を持つ同氏は、人工知能のインパクトは「労働市場の革命としてとらえるべき」と断言する。そして、自著が本屋の理工学系専門書の書架に置かれている状況を見て、大きな危機感を感じたという。

機械は、人間の仕事のうち、簡単な仕事から順に代替していくと考えたら、とんだ思い違いである。人間にとって難しい仕事と機械にとって難しい仕事は、全く別だ。人工知能は、弁護士、税理士、銀行員、医師、薬剤師、企業の管理職などが担い、一般的に難易度が高いと思われている仕事が、とても得意だ。その半面、イラストを見て何が描かれているのかを知るといった、人間ならば誰でもできることができない。こうした人工知能の脅威としての側面と、それとのつきあい方については、連載第3回でさらに詳しく解説したい。

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