No.010 特集:2020年の通信・インフラ
連載04 次世代UI(ユーザーインターフェース)
Series Report

目の不自由な方もショッピングを一人で楽しむ

コンテキストアウェアネス機能は、視覚障がい者の道案内にも威力を発揮する。日本IBMと清水建設が行った実験では、目の不自由な方が健常者と同じように街で自由にショッピングができる様子を描いた*1。このナビゲーションシステムを使えば、音声が、目の不自由な方に道路情報や周辺にあるお店、ベンチ、曲がり角、自動トビラの有無などの情報を教えてくれる。

初めての場所に安全に行ける、街に着いたらウィンドウショッピングでお店を選び、好きな商品を選び購入する、という健常者なら当たり前のことを視覚障がい者向けに実現するのがこのシステムの狙いだ。目の代わりをするのがスマホとコグニティブコンピュータだ。コグニティブコンピュータは、人の声や音、絵や写真などを認識し、理解するとともに、学習機能により正しい意味をさらに認識する。少し前まで人工知能という言い方をしていたが、人工知能は定義があいまいなため、コグニティブ(認識できるという意味)コンピュータとIBMは呼んでいる。

今回、両社が開発したシステムでは、スマホを持ち音声入力するための骨伝導イヤホンを使う(図1)。このイヤホンをつけて街を歩くと、「左側に桜の花が咲いています」などと、周りの情景を知らせてくれる音声がイヤホンから流れてくる。また「コーナーに来ましたので右に進んでください」、などの指示も与えてくれる。こちらから「少し散歩したいのだけど」と問えば「近くに公園があります。右に進んでください」と答える。歩きすぎると、「ベンチがこの先10mの所にあります。休みませんか?」と聞いて来るので、「そうしましょう」と答えると「ベンチは左です」と返事をする。このような応対は、ユーザーの位置を認識したうえで、ユーザーのこれまでの行動から先読みする、まさにコンテキストアウェアネスそのものといえる。

ヘアバンド方式のマイクと骨伝導イヤホンを装着して対話をおこなう図
[図1] ヘアバンド方式のマイクと骨伝導イヤホンを装着して対話をおこなう。

このシステムでは、スマートフォンをフルに利用する。マイクはヘアバンドのような形で頭に装着する。視覚障がい者は耳からの情報に対しては健常者よりも神経を研ぎ澄ませているため、耳をふさぐことのないように骨伝導を利用して音声を拾う。マイクとスマホはBluetoothなどでつなぐ。コンピュータは3種類用意する。一つは音声認識・対話のサーバ、もう一つは位置測定のためのサーバ、最後の一つは道路や周囲の空間情報のデータベースである。歩行者を検知するのは、戸外ではBluetooth LE(Low Energy)を使ったビーコン、屋内ではIMES(電波を出すだけのIndoor Messaging System)が用いられる。

ビーコンは、数十メートルおきに配置して、歩行者が今どこにいるのかを検知する役割を担う。(ビーコンの詳細はエキスパートインタビュー参照)ビーコンから次のビーコンへ歩行者が移動すると、最初のビーコンの電波が徐々に弱まり、次のビーコンの電波が徐々に強まる、という原理で位置をラフに特定する。IMESは、GPS衛星と同じ電波を出すため、スマホにGPS受信機が付いていれば、GPS同様に緯度、経度、高度を計算して位置を割り出すことができる。ビーコンとIMESの双方を備えていれば、位置精度が高まるという訳だ。

スマホをベースにしたのは、これまで専用機器を開発して成功した例があまりないからだという。スマホなら、音声対話のアプリをインストールさえすれば専用端末になる。しかも、スマホには加速度センサ、ジャイロセンサ、磁気センサ、圧力センサなどが入っているため、これらのセンサもフル活用できるという。例えば、まっすぐ歩きはじめると加速度が生じ、曲がるとジャイロセンサで回転運動を検出する。階段やスロープを上がると気圧が変わるため高さを検出できる。地磁気センサは方向がわかる。スマホはセンサの塊だからこそ、利用価値がある、とIBMは言う。

三つのコンピュータの内、最初の音声認識・対話のためのサーバこそがコグニティブコンピュータである。2番目の位置測定サーバは、ビーコンやIMESからの電波の強弱を計算するために使う。様々な場所にあるビーコンやIMESからのBluetooth信号をスマホが受け、電波の強弱を検知、その強度情報をサーバに送り、サーバが位置を計算する。その計算結果をスマホに送ることで、位置を特定する仕組みだ。サーバやデータベースはクラウドに置き、スマホは3G/4GネットワークやWi-Fiを通してインターネットとつなぐ。

さらに、道路状況の情報を蓄積するのが3番目の空間情報データベースだ。ここには、道路や廊下の幅、緯度、経度、路面/床状況、壁仕上げ、段差、階段、手すり、エレベータ、自動ドアなどの情報がデータベース化されている。屋外情報に関しては、国交省が2015年7月21日に歩行者移動支援のデータをオープン化するためのフォーマットを定めたことを受け、このフォーマットを踏襲している。

まずは、視覚障がい者を対象にしてはいるが、高齢者や外国人に向けた利用も考えられている。さらに、災害時の誘導においても期待されている。また短期的には、病院などの医療施設内や物販施設、公共施設での利用も想定されている。

Copyright©2011- Tokyo Electron Limited, All Rights Reserved.