No.002 人と技術はどうつながるのか?
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原理

カーソルから考える道具の透明性

技術において透明性といったとき、物質的側面と認知・知覚的側面がある。物質的側面での透明性は、モーターのように小型化して組み込まれてそれ自体が物理的に見えない状態を意味する。認知的側面での透明性は、意識せず、気づかず、暗黙的に使用されるといった状態で、それが実際どういうメカニズムで、どうやったらそれが実現できるかを明らかにするのは、なかなか難しいテーマだ。その道具の透明性とは何かというテーマを、筆者が開発したVisualHapticsというシステムを用いながら、できるだけ分かりやすく考察していきたい。

VisualHapticsとは、モニター上のカーソルを変化させることによって、人に対象を触っているかのような感覚を与えるシステムである。振動モーターを組み込んだ特殊なマウスを利用せず、カーソルの位置をずらしたり遅延を発生させたり、大きさを変化させるなど、ソフトウェアだけで「感触」の提示をするのが特徴である。以下で実際に体験してほしい。 ※体験デモサイトへ

VisualHapticsはアメリカの心理学者J.Jギブソン*1の生態心理学*2の知見から着想を得て試作したものである。ギブソンによれば、私たちは何かものをつかむ際に、たとえば、リンゴをつかむ際に、そのつかむリンゴを意識するかもしれない。しかし、リンゴをつかむ際には常に「手」も視野にはいってくることが重要だと指摘した。さらに、手は対象をつかむとそれに合わせて変形し、手の変形は対象のかたちを特定すると述べた。知覚は操作によって規制され、同時に操作もまた知覚によって規制される。このように手というのは重要でかつ面白い存在である。

[写真] 手は対象をつかむとそれに合わせて変形し、手の変形は対象のかたちを特定する

そこで、筆者はコンピュータにおいて〈手〉となっているカーソルに注目した。これまでカーソルが手のようにダイナミックに変形するようなことはなかった。そこでVisualHapticsでは、対象の状態を特定するようにカーソルを変形、変化させたら何か面白い効果が得られるのではないか?と仮説を立てた。そうして試作したのがこのシステムである。実際に体験してみると、たしかに触覚ではないが、何か息詰まるような感触といったらいいだろうか。そういうものを感じられるような現象が発生した。これは当初想定していなかった事態であった。カーソルを対象に応じて変形させるだけで、見た目というレベルだけでなく、マウスの体験の質が変わったことが衝撃的だった。実際に体験した人の中には、マウスに何か仕込んであるのかと、マウスの裏側を調べる人さえいた。そうして、これまでに多くの人がデモを体験し、様々な感想や議論が行われてきた。たとえば、自分の手ではないのにも関わらず、なぜ感触のようなものを感じるのか?明らかに画面の中のカーソルに血は通っていないし、ハンマーのように物理的に手の延長になっているわけではない。ここで身体とは何だろうか?という疑問にぶつかる。

VisualHapticsデモ画面
[図版1] VisualHapticsデモ画面。テクスチャーによってマウスの体験の質が劇的に変化する。
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