No.002 人と技術はどうつながるのか?
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歴史

「誰もが使えるコンピューター」とは?

[写真] ヴァネバー・ブッシュが提示した"メメックス"。

出典: "Memex" article on the What's new, new media wiki at Wikia and is licensed under the Creative Commons Attribution-Share Alike License

上の画像は、ヴァネバー・ブッシュの「私たちが考えるように」という論文のなかで描写されたメメックスという装置のイラストである。この論文はENIAC公開の1年前、1945年に書かれている。ブッシュは、人間の処理能力を超えた情報に対応するために、人間の知能を増幅させる装置として「メメックス」というアイデアを示した。メメックスは実際に作られてはいないアイデアにすぎないものであるが、後のコンピューターのあり方にふたつの点で大きな影響を与えている。ひとつは「机の上にペンで直接入力ができる2つのディスプレイとボタン、ユーザーの額に装着したカメラ」というENIACと比べると操作方法が想像しやすいヒューマンインターフェースの部分。もうひとつは、コンピューターを「計算機」ではなく、人間の「知能増幅装置」として考えるというヴィジョンである。これらのメメックスの影響は、ヒューマンインターフェースの改良を促し、「誰もが使えるコンピューター」という考えへと、やがて結実していく。

心理学者でのちにアメリカのコンピューター関連の研究の統括をすることになるJ・C・リックライダーは、コンピューターを使うことで、人間の知的生産の効率性を上げることができると考えた。そして1960年に「ヒトとコンピューターの共生」という論文のなかで「対話式コンピューター」というヴィジョンを示す。それまでは、人間がパンチカードなどでコンピューターに一括して指令を与え、コンピューターがそれをまとめて答えるというバッジ方式が一般的であった。対して、リックライダーはディスプレイをコンピューターに接続して、情報の入出力を即座に表示するようにすることで、人間とコンピューターとがリアルタイムに情報を操作して対話をする理念を示したのである。この考えを具体化したのが、アイヴァン・サザーランドが1962年に発表した「スケッチパッド」である。サザーランドは、人間とコンピューターとをグラフィカルな対話、つまり「お絵描き」で結びつけたのである。それは、高速で正確な計算と「絵を描く」という人間の行為とを結びつけることで、コンピューターの可能性を拡げることになった。

[写真] 左:スケッチパッド
右:NLS(oN Line System)で使われたインターフェースとしての五本指キーボード、キーボード、マウス。

出典(左):Scanned by Kerry Rodden from original photograph by Ivan Sutherland from Electronic edition of Sutherland's Sketchpad dissertation, edited by Blackwell & Rodden.
出典(右):SRI International

同じ頃、ブッシュの「私たちが考えるように」に影響を受けたダグラス・エンゲルバートが「ヒトの知能を補強増大させるための概念フレームワーク」という論文を書いていた。彼は自らのヴィジョンを実現させるための第一歩として、人間とコンピューターとが接するインターフェースの改良に取り組んだ。その結果のひとつとして生み出されたのが「マウス」である。上の画像はエンゲルバートらが開発したNLS(oN Line System)のインターフェースであるが、マウスとキーボードとともに「五本指キーボード」というデバイスが映っている。マウスと普通のキーボードの組み合わせだと、キーを両手で打つためにマウスから手を離す必要が生じる。ならば、片手で入力できるキーボードを開発すれば、常に文字入力とカーソルの操作が同時に行えると、エンゲルバートは考えたのである。しかし、五本指キーボードはマウスと異なりその使い方の習得に時間がかかったために、後のインターフェースの歴史からは姿を消すことになる。

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