No.002 人と技術はどうつながるのか?
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歴史

エンゲルバートの時代までは、人間の知性の拡張するヴィジョンはあくまでも大人向け、しかもエリートに向けてのものであった。その方向性を180度転換し、子供を含めた誰もがコンピューターを使えるようにするべきだという「パーソナル・コンピューター」というヴィジョンを示したのがアラン・ケイである。ケイは「誰もが使えるコンピューター」を目指し、1973年に「アルト」を生みだした。このアルトは私たちが今使っているコンピューターのかたちの原型であり、グラフィカルな操作環境をもち、キーボードとマウスを用いて操作した。ここでの成果が、スティーブ・ジョブズが率いるアップルの「マッキントッシュ」へと引き継がれ、コンピューターがエリートだけのものではなくなり、一般化していくのである。

[写真] 左:アルト。右:マッキントッシュ。

出典Macintosh by Marcin Wichary via flickr

そのなかで、コンピューターを使う際に人間が「使いにくい」と感じるものが排除されてきた。人間はすぐに使いこなせる道具でなければ、それを習得することを諦めてしまう。私たちはできるだけ「ラク」をして、自らの能力を高めたいのである。「五本指キーボード」のように少し時間をかければ、コンピューターをより有効に使うことができる道具であっても、ほんの少しの使い勝手の悪さでそれは捨てられてしまうのである。だから、ヒューマンインターフェースの歴史を構成するひとつの大きな流れは、コンピューターをより簡単に操作したいという私たちの欲求から生じているといえる。しかし、その背後にはブッシュ、リックライダー、サザーランド、エンゲルバート、ケイらの「人間知能の拡張」という壮大なヴィジョンが流れているのである。このことを忘れてはならない。

「コンピューター」から「スマホ」へ

[写真] ダイナブックのモックアップを持つアラン・ケイ。

出典Alan Kay and the prototype of Dynabook, pt. 5 by MarcinWichary via flickr

1972年に、アラン・ケイはふたりの子供が野原で「iPad」のようなものを使っているイラストを描き、コンピューターが小さくなることで「本」のようになると考え、「ダイナブック」というヴィジョンを掲げた。ケイは「半導体の集積密度は18~24ヶ月で倍増する」という「ムーアの法則」に基づくコンピューターの小型化の流れに、人間とコンピューターとの関係の変化を予見していた。またパーソナル・コンピューターの流れで紹介した「アルト」にしても、ケイは小型化によってコンピューターが「個人」のものに変わるという信念のもとで開発を進め、そのアイデアを具体化したのである。

コンピューターが「パソコン」からさらに小型化していくとどうなるのだろうか。マーク・ワイザーは1991年にそのひとつの回答として、小型化していくコンピューターは世の中の至る所に遍在するようになるという「ユビキタス・コンピューティング」のヴィジョンを掲げた。そして、ワイザーのヴィジョンを押し進めたのが石井裕の「タンジブル・ビット」である。タンジブル・ビットはマウスとキーボードから情報を解放し、もっと自由に触れ得るようにするというあたらしいコンピューターのかたちを示した。ワイザーと石井のヴィジョンは、コンピューターを人間の環境に適したかたちに変えることで、私たちの生活にとけこませることができると教えてくれたのである。

[写真] iMacとiPhone。大きさは違うが、コンピューターの処理能力はほぼ同じ。

出典10 years by Brett Jordan via flickr

タンジブル・ビットの発表から10年近くたった2007年にアップルが「iPhone」を発表した。この携帯端末は、コンピューターを常に身につけて、いつでもどこでも使うことができるというあたらしい世界を瞬く間に作り出した。そして、ディスプレイの硬いガラス越しではあるが、情報に「触れている」ような感覚を多くのユーザーに与えている。さらに、その3年後に発表された「iPad」は、ケイが描いた理想を、ほぼ実現しているタブレット端末と言えるだろう。そしてiPhoneとiPadの登場によって、コンピューターは「スマートフォン」と「タブレット」というあたらしい名前で、私たちの生活に隈なく浸透しつつある。つまり、iPhone及びiPadに代表される「スマートフォン」と「タブレット」は、人間とコンピューターとの関係をすっかり変えてしまったヒューマンインターフェースなのである。コンピューターの小型化を導くムーアの法則とそこから派生したケイ、ワイザー、石井のヴィジョンは、ここにひとつの完成をみたと言えるだろう。

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