No.002 人と技術はどうつながるのか?
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私たちの欲望は何によって喚起されるのか?

現実世界と仮想のコンテンツを合成して表示する「セカイカメラ」(目の前の景色に、建物などの関連情報を重ねて映し出すスマートフォン用アプリ)のようなARアプリは一時期の盛り上がりを欠いているが、これは手に持って使うスマートフォンとの相性がよくなかったせいかもしれない。ARアプリを使うためにいちいちスマートフォンをえいやとかざすのは、人の行動として不自然すぎる。軽量のヘッドマウントディスプレイならばこうした課題を乗り越えられる可能性はある。

ただし、未来のモバイル端末向け広告には大きな問題点がいくつかある。

1つは、メガネのように装着する端末上に、広告を表示することがはたして認められるかということだ。私たちの視覚はすでに目一杯利用されており、特に移動中の人間を視覚的に誘導する表示は規制がかけられる可能性が高い。現在でも、カーナビの操作も運転中には行えないし、自転車に乗る際にヘッドフォンを利用することも禁止されているのである。技術的には実現できても、移動中にARによる広告的な表示を行うことはできない、ということもありえる。

また、個人情報をどこまで利用するかについても、議論が起こるはずだ。現在、スマートフォンの位置情報を利用するアプリは、ユーザーに許諾を求めるようになっている。今後は、位置情報に加えて、ソーシャルグラフや、近隣のユーザーへの情報開示、送受信するメッセージの内容なども参照されるようになるかもしれない。

さらに、デバイスがどんどんパーソナルなものになっていくにしたがって、広告の形も大きく変わらざるを得ないのではないか。バナーを表示してそれをクリックしてもらうという広告形態が有効ではなくなると、よりユーザーの行動に直接作用する広告が求められるようになってくる可能性もある。今はせいぜいアプリの追加コンテンツや機能を推奨されるくらいだが、将来的にはモバイル端末がユーザーの体調や気温、自販機の位置をセンサーで読み取り、「ビールはいかがでしょう」ときれいな女性の声でささやいたり、バイブレーションで注意を引こうとしてくるようになるかもしれない。広告の形態によっては法律の改正が必要になることもあるだろう。

広告ビジネスを展開する側に目を向ければ、ユーザー情報を取得する端末やアプリを手に入れるための戦いは一層激しくなる。アップルやGoogleが端末のハードウェアやOS、コンテンツストア、広告にいたるまでのすべてを手がけようとしているのは、こうした未来を予測しているからだと考えられる。

ヘッドマウントディスプレイ的なモバイル端末が普及するかどうかはまだわからないが、端末はよりパーソナルで、身体に密着した進化をしていくだろう。ユーザーインターフェースが自然になっていくほど、そこで展開される広告もまた無意識に訴えてくるものになってくる。

現在でも、私たちの行動は、無数のメディアや制度、広告によって少なからず影響を受けている。今後はこれまで以上に、身につけたデバイスから消費行動をうながすシグナルを受けることになっていくだろう。便利な機能と引き替えに、どこまでそうしたシグナルを取り込んでいいものなのか、個人レベルだけでなく、社会的な視点からも議論が必要になるのではないだろうか。

[写真] ヘッドマウントディスプレイがスマートフォン並みに普及することになれば、広告の表現手法、そしてビジネスモデル自体も現在とは大きく変わることになる。

Writer

山路達也

1970年生まれ。雑誌編集者を経て、フリーのライター/エディターとして独立。IT、科学、環境分野で精力的に取材・執筆活動を行っている。
著作は『インクジェット時代がきた!』(共著)、『日本発!世界を変えるエコ術』、『弾言』(共著)など。
Twitterアカウントは、@Tats_y

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