No.002 人と技術はどうつながるのか?
Cross Talk

魅力的なインターフェースは
不便さを抱えている?

真鍋 ── 例えば、15年前ぐらいに行われていたARの研究は、実際に使われるようになるまで結構長い時間がかかっていますよね。その一番の原因はなんだったのでしょうか。

暦本── コンセプトにハードウェアが追いつく時間でしょうか。私が1994年に作った「NaviCam*21」は、液晶テレビと液晶カメラに線を引いて、アナログのテレビケーブルを20mぐらい延ばして、シリコングラフィクスのワークステーションにつないで、これが「未来のPDA*22」というつもりで作りました。その頃はまだ携帯電話にカメラも搭載されていない時代でしたけど。10年か15年ぐらい経てば、今のサイズになるという予測をしていたんです。当時は実験装置として、ものすごく無理矢理やっていた感じです。今ならそれが本当の製品でスマートにできる。

だから、これから研究をするとしたら、よくこんな無理なことをするなというギリギリな内容がいいのではと思います。あまり綺麗にまとまってすぐに製品化しそうなものではなくて。

NaviCam
[画像] NaviCam

真鍋 ── 僕は研究が実際に製品やサービスに落とし込まれるスパンがどんどん短くなってきている気もするのですが、いかがですか。

暦本── デバイスが大量生産できるような場面ではそうかも知れませんね。キネクトを使って電子試着する例もすでにあるので、洋服を通販で買うようシーンはすぐ出てくるのではないでしょうか。モーションキャプチャーも今は高価ですが、あれは単にカメラがいっぱいあるだけなので、本質的に高い機器ではありません。未来のスポーツジムのようなところはモーションキャプチャーが標準装備で、キネクトのような装置をいっぱい着けているというのは当たり前になるでしょう。そうすると、身体技能を学ぶということとコンピュータを使うことは、もう一体化するのではないかと思います。

今、3Dプリンターで入れ歯を作るという例もありますね。そういった自分用のギブスみたいなもの、医療器具のようなものをパーソナルに3Dプリンターで作る動きも、5年くらいのうちには一般化するのではないでしょうか。

──先ほどの暦本研究室に設置されたという猫背判定システムはジョークっぽいですが、テクノロジーが人間を管理したり、監視したりする「ディストピア(暗黒郷)」の未来を導くことはあるのでしょうか。

暦本── 私の研究は人間をコントロールする側面があるので、その危険性は指摘されることがありますね。ただ、よく言われるように「技術そのものはニュートラルですらない」ということに尽きるのではないでしょうか。テクノロジーは、良くも、悪くも、中立ですらもない。それを悪い方向に使う動きは当然あり得るので、あまり研究の最初から清く正しくしたいとは思っていないです。何ができるだろう?というところが出発点ですから。

真鍋 ── ニュートラルですらない、というのはいい言葉ですね。

暦本── 今までの研究のようなAR的なものとは全然違うのですが、最近は「笑わないと開かない冷蔵庫」シリーズ(Happiness Counter*23)というのをやっています。笑顔になると幸福になる、という真面目な理論に基づいた研究ですよ。

ヘルスケアを研究するポスドクの研究者から相談されたのですが、彼女は最初、お年寄りが薬を飲むタイミングで自動的に開くメディシンボックスを作ったんです。ただ、研究としてはちょっと直球すぎるなと思って、むしろ薬を取り出せない理由があったらどうだろうと考えました。それで、笑うまで箱が開かないようにしましょう、と思いついたんです。

[デモ] Happiness Counter

真鍋 ── これってある意味では不便ですよね。

暦本── そうです。ただ、その不便なユーザー・インターフェースがいいんじゃないかと。何でも機械が便利にやってしまうのは、逆に味気ない。生活の中でこれをしないとできないとか、先へ進めないといったフックが入るほうが、豊かな暮らしになるんじゃないかと感じるのです。

先ほどからヘルスケア的なことを言っているのはまさにそれで、エクササイズってやっぱり不便なわけですよ。便利だとエクササイズになりませんから。何か不便なんだけど続けてしまう、やめられない、といった魅力がエクササイズにはある。その感覚を生活の中に埋め込むインターフェースが作れないかな、と最近では思っています。

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