No.013 特集 : 難病の克服を目指す
Cross Talk

細胞を「糊」で組み上げる

松崎 ── いろいろな細胞が作れると再生医療が進むだろうというのが、iPS細胞のような研究です。しかし、iPS細胞からさまざまな細胞ができるようになっても、それをただ放っておくだけで肝臓ができたり、皮膚ができたりするかというと、そうではありません。

結局、肝臓なら肝臓を構成するいろいろな細胞が必要となるので、それらを組み合わせて作るのが私たちの仕事です。細胞以外にも、例えばタンパク質など、他のものが乗る「場」も作らなければいけません。そうした作業を化学的に操作するんです。

栗城 ── 細胞の中には、DNAやミトコンドリアがあったりするじゃないですか。そこから作り変えていく感じですか?

松崎 ── いいえ、細胞の基本的な構成要素であるDNAやミトコンドリアなどは保ったままですね。あくまで、細胞と細胞をくっ付けて、細胞がより良い状態にしてあげるのが私たちの役割です。

栗城 ── 細胞を増やすのではなく、くっ付ける?

松崎 ── そうです。そのために使っているものは、細胞が「くっ付く」のに必要なタンパク質です。この「ナノ薄膜」という特定のタンパク質で細胞の表面を覆うと、細胞同士の結び付きが強まることが分かりました。これは、6nm(ナノメートル)という非常に薄いタンパク質の層です。

細胞1個の大きさというのは、髪の毛の太さの10分の1くらい。ナノ薄膜はさらにその1,000分の1くらいの薄さですから、目では当然見えません。それが「糊」の役割をして、この写真のような感じで細胞同士をくっ付けるのです。

タンパク質でできたナノ皮膜によりくっ付いた細胞同士。(松崎氏提供)

栗城 ── これを見ると、皮膚のようになっていますね。

松崎 ── そうです、皮膚の中の細胞ですね。「線維芽細胞(せんいがさいぼう)」という構造ですが、この中に機能はあまりないのです。平面的に繋がっているだけで、血管や免疫細胞はありませんから。ここから細胞を立体的に積み上げ、人体に近い3次元の組織にしなくてはいけません。いわば、積み木のような感じです。

栗城 ── 細胞で積み木をするんですか!

松崎 ── そうです。細胞をタンパク質の糊でくっ付けて、積み上げながら、少しずつ血管のような構造を作ったり、肝臓に近いものを作っていきます。

完全にゼロから作るのは現状のテクノロジーでは難しいのですが、細胞をある程度まで積んであげると、あとは自分たちで勝手に組織のようなものを作りあげていきます。例えば、血管の細胞を一緒に入れてあげると、血管が自分たちでネットワークを組み、毛細血管状のものができていくんですよ。

直径1cmほどの血管の管。血管の細胞が自ら毛細血管状のものを作り上げる。(松崎氏提供)

これは、直径1cmになったものです。非常に小さいのですが、今は大体10cmくらいのものまで作れるようになりました。血管の細胞たちは生きていますから、自分たちでどんどん形を変えていきながら、このネットワークを作っていきます。

その構造を縦に切ると、血管の「管」のポコポコとした穴が見えてきます。

栗城 ── すごいですね。

松崎 ── こういう組織のようなものを普通に培養できるかというと、まだ細胞を積層しないとできないんです。

がん細胞の振る舞いがわかる

松崎 ── 人工で作った擬似的な血管のようなものを、次はどのように使えるかを考えます。病気になった組織を立体的に再現することも可能ですから、まずは創薬に応用できます。

がん細胞は血管を通って肝臓に転移したり、リンパ管を通ってリンパ節に転移したりします。細胞を積層して組織を作れば、悪性の細胞がどう転移するか再現できるのです。すると、この薬はどれくらい効くのか、どこに薬を使うと転移を防げるのかといった評価もできるんですね。

私たちは今、がん研有明病院やある企業様と一緒に共同研究をしています。病院に来ている患者さんから、がん細胞を評価のためにいただき培養することで、がん細胞の性質を患者さんの病状が悪化する前に調べられます。がん細胞はそれぞれで性質が大きく異なるので、こうした研究が個別化医療に役立てられると考えています。

栗城 ── 抗がん剤も人によって効きが違いますからね。

松崎 ── そうです。ですから、同じ「膵(すい)臓がんの薬」といっても、効く人もいれば効かない人もいます。それに対してどう個別にアプローチしていくか、その評価のための臨床研究を始めているんです。

他にも、iPS細胞で心筋細胞などを作れますが、そこに血管を入れたような構造を作ることも可能です。ドックンドックンと動いているのがわかりますか?

(松崎氏提供)

栗城 ── へえ!これ、生きているわけですか?!

松崎 ── はい。例えば、ここに抗がん剤を加えます。がんを持っている方は、併発して心臓が悪かったりする方もいますよね。そのため、抗がん剤から別な毒性が出ると、心不全を引き起こしたりすることがあります。別の臓器に対する毒性がないか評価できれば、そうした事態を防止できます。

── 創薬に関しては、動物実験をしなくて済むようになりますね。

松崎 ── ええ。やはり動物と人は根本的に違いますので、動物に効く薬でも、人に効かないというパターンは非常に多いと思います。そういう時に、こうしたモデル系があると役立つはずです。

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