No.013 特集 : 難病の克服を目指す
Cross Talk

仮説やセオリーが通用しない時に

栗城 ── 松崎先生の思考のプロセスや仮説の立て方に興味がありますが、どういう形でやっていくのですか?

松崎 ── 基本的には、仮説をロジカルに構築します。私たちの場合は人の身体を再現したいので「身体の中はこういう風になっているから、そのように配置してあげれば同じようになるはずだ」と、論理的に考えますね。

その後、その仮説を検証します。実験をすると、大抵はうまくはいきませんから、その理由を考え、そこに対してまた改善をかけていくという繰り返しです。

栗城 ── すごいですね、PDCAのサイクルを繰り返しながらというのは。チャレンジして、失敗だったかもしれないけれども、結果としてそれが新しい発見に繋がったという例もあるんですか?

松崎 ── 研究の現場では、そういう例が非常に多いです。仮説では考えていなかったような結果が出ると、学生は「先生、こんなことになってしまいました」と言いながら、悪い結果だと思い込んで持ってきます。

そんな時「この結果、実はいいんじゃないか」と想定外の現象から課題を解決する可能性を考えるのが大切です。その視点から生まれるものは多いですよね。

栗城 ── 僕もよく同じ経験をします。無酸素で山を登る時、高所順応をすると先ほど言いましたが、ベースキャンプから少しずつ高度を上げながら、上がったり下がったりを繰り返すわけです。でも、秋という時期に、好天気は非常に少ないんですね。2〜3日しかないチャンスの中で、一気にバーッと上がらなければならない時があります。

 

計算上は8,000mを超える山を無酸素で登る時、7,500mまで上がってから、いったん下がってくるといったセオリーがあります。でも、そのセオリーに環境が全く当てはまらないんです。6,000mくらいまで上がって帰って来ただけで、もう次には頂上にアタックしなければいけないこともあり、そんな時はいかに違う角度から発想を切り替えるかを考えなくてはいけません。

そうした状況に備えて、それができる身体をいかに普段から作るかというのも課題です。高所順応というのは地上から始まるので、酸素を効率良く運搬するために量が多くて柔軟性のある赤血球をいかに作るかなど、医療だったり、スポーツ生理学だったり、いろんなことを学んでいます。それこそ共同研究に近いですね。

自分の内面を科学的に観察する

栗城 ── 登山ではメンタル面も非常に大事です。エベレストという極限の世界に一人で登っていくというのは肉体的な苦しさだけでなく、ものすごく心にストレスがかかるためです。

松崎 ── 完全に一人なんですか?

栗城 ── 5,000m台のベースキャンプからは一人で行くんです。そこまでは中継、撮影スタッフがいるのですが、そこから先は、一人だけで山に向かって行きます。その一歩を踏み出す時は、いつだってものすごい不安に襲われます。

松崎 ── 確かにそうでしょうね……。

山頂を目指し、ベースキャンプからひとり歩みを進める栗城氏。

栗城 ── それをどうやって乗り越えて来たかというと、不安やストレスを抱える自分自身を、科学的に観察することでした。「自分はこういうことにストレスや不安を感じているんだ」という風に。特に酸素が少なくなると、人間の感情は激しくなり、ストレスが溜まりやすくなるようです。

そういった自分を客観視して認めてあげながら、一人でスタートする前には、徐々に静かな心理状態へ持っていけるようになりました。

松崎 ── まるで座禅のようですね。

栗城 ── ええ。いろんな分野からのアプローチがあってこそ、ものごとは初めて成功するのだなと、先生の研究内容を伺いながら思いました。

後編のあらすじ

後編では、2012年のエベレスト挑戦で重度の凍傷にかかった栗城史多さんが、自身の指を守ろうと山を降りたフィールドで挑戦した体験を披露。再生医療の分野に感じた可能性を語ります。松崎典弥准教授は「幹細胞」の解説を交えながら、研究者の心構えと共に、再生医療の現状と期待について述べます。

Profile

松崎 典弥(まつさき みちや)

1976年鹿児島生まれ。大阪大学大学院 工学研究科応用化学専攻 准教授。博士(工学)。専門分野は機能性高分子・バイオマテリアル。

1999年鹿児島大学 工学部 応用化学工学科 卒業。2001年鹿児島大学大学院 理工学研究科 応用化学工学専攻 博士前期課程 修了。2003年鹿児島大学大学院 理工学研究科 物質生産工学専攻 博士後期課程 短期修了。

日本学術振興会特別研究員、スウェーデン ルンド大学大学院 免疫工学専攻客員研究員等を経て、2005年大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻 明石研究室へ。2015年より現職。

2008年より科学技術振興機構さきがけ「統合1細胞解析のための革新的技術基盤」領域研究者 兼任。

1999年より「多機能性生分解性高分子材料に関する研究」、2003年より「ナノ構造を制御した薬物徐放材料の構築に関する研究」、2005年より「細胞とマテリアルの融合による三次元組織の構築に関する研究」に取り組んでいる。

日本化学会進歩賞、高分子学会Wiley賞、第一回野口遵賞など受賞多数。

http://www.chem.eng.osaka-u.ac.jp/~akashi-lab/index.html

栗城 史多(くりき のぶかず)

1982年北海道生まれ。登山家。

大学山岳部に入部してから登山を始め、6大陸の最高峰を登る。その後、8,000m峰4座を単独・無酸素登頂。エベレストには登山隊の多い春ではなく、気象条件の厳しい秋に6度挑戦。見えない山を登る全ての人たちと、冒険を共有するインターネット生中継登山を行う。

2012年秋のエベレスト西稜で両手・両足・鼻が凍傷になり、手の指9本の大部分を失うも、2014年7月にはブロードピーク8,047mに単独・無酸素で登頂し、見事復帰を果たした。これからも、単独・無酸素エベレスト登頂と「冒険の共有」生中継登山への挑戦は続く。

また、その活動が口コミで広がり、人材育成を目的とした講演や、ストレス対策講演を企業や学校にて行っている。

著書に『一歩を超える勇気』(サンマーク出版)、『NO LIMIT 〜自分を超える方法〜』(サンクチュアリ出版)、『弱者の勇気』(学研マーケティング)など。

http://www.kurikiyama.jp/

Writer

神吉 弘邦(かんき ひろくに)

1974年生まれ。ライター/エディター。
日経BP社『日経パソコン』『日経ベストPC』編集部の後、同社のカルチャー誌『soltero』とメタローグ社の書評誌『recoreco』の創刊編集を担当。デザイン誌『AXIS』編集部を経て2010年よりフリー。広義のデザインをキーワードに、カルチャー誌、建築誌などの媒体で編集・執筆活動を行う。Twitterアカウントは、@h_kanki

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