No.013 特集 : 難病の克服を目指す
Scientist Interview
 

飛躍的な進歩を遂げる遺伝子情報の活用

── 現在、精密検査でしか分からないことを、健康診断の血液検査だけで済ませられるようにするということですね。

その通りです。もちろんレントゲンなどでしか得られない情報もあるので、多角的な検査が必要にはなると思いますが、これまでよりもずっと迅速かつ効果的な診断ができるようになることは確かです。

リキッドバイオプシーのようなコンセプトの診断は、かなり昔からありました。近年、体液に含まれる成分の詳細など生物学的な知見が蓄積したことと、計測装置の精度が向上したことで、技術の進歩が一気に加速しました。2000年頃、人の遺伝子情報が解読されたことが話題に上がりましたが、その後も遺伝子を読み取る技術はすさまじいスピードで進化しています。今では低コストで手軽に解読できるようになりました。そして遺伝子に記された情報の研究が進み、一昔前には知られていなかった多くの仕組みと役割が解明されてきたのです。

そうした状況の中、体液の中に含まれている、遺伝子の構成物質である核酸の一種、マイクロRNA(miRNA)を測ることで、病気の発見や状態の把握ができる可能性があることが分かってきました。そしてmiRNAを、病気を診断するための検出対象物質(バイオマーカー)として利用する研究に、世界中で多くの資金と研究者が投入されるようになったのです。わずかな期間に急激な進歩を遂げた分野の代表として半導体技術がありますが、同じような飛躍的進歩が今この分野で起こっていると言えます。

── 体液中のmiRNAをどのように検出し、病気を診断するのでしょうか。

私たちは、血液や尿など体液の中に含まれている、エクソソームと呼ばれる直径100nm以下の細胞外小胞に注目しています。

体液には、miRNAの詰まったエクソソームが大量に含まれています。miRNAの分子は4種類の塩基が二十数個組み合わさってできており、原理上4の20乗種類以上ありえます。実際には私たちの体の中から、そのうち2500種類以上が見つかっています。ひとつのエクソソームの中には、何種類かのmiRNAが入っており、どのようなmiRNAがどれくらい入っているかを調べることで、様々な病気を診断できる可能性があります。

エクソソームはウイルスと同程度に小さいため、細胞の隙間を通って体中に行き届き、細胞同士が情報交換するための媒体として役立っているようです。そして驚くべきことに、その表面には、郵便物のように情報の送り先が記されています。近くの細胞同士はホルモンなどを媒体として情報交換していますが、エクソソームが小胞の中に様々な物質を入れて送り届けることで、遠くの細胞同士も連絡し合っていたのです。さらに、がん細胞はエクソソームに特定のmiRNAを詰め込んで吐き出し、miRNAに記された情報に沿って転移先の細胞に受け入れ準備をさせていることが分かってきました。こうした特定のmiRNAを解読・判定することで病気を診断します。

分析室の機能を1チップに集約

── 体にはとてつもない仕組みが備わっているのですね。

体液の中には、様々な物質が含まれています。そのため、miRNAを解読する前には、体液中の様々な物質をより分けてエクソソームを集め、その中からmiRNAを取り出しておく必要があります。そして、miRNAを構成している塩基を分析します。これまでは、こうした一連の作業に、丸一日費やしていました。私たちは、この作業を短時間で自動処理できる小型の装置を作ろうとしています(図2)。miRNAによる病気の診断を、大病院だけでなく、街のクリニックや将来的には在宅の予後診断でも行えるようにするためです。

精密検査に向けた機能を1チップに集約して自動化
[図2]精密検査に向けた機能を1チップに集約して自動化

現在の医療は、基本的に検査も治療も病院で行うことを前提として仕組みや制度が作られています。がんの手術を受けた後にも、数年間にわたって検査などを続けるため、病院から離れることができません。そこで私たちは、診断の場を極力自宅に近づけようとしているのです。そのためには、ベッドサイドで診断できる小型の分析器、つまりPOCT(Point Of Care Testing)デバイスが必要になります。

その実現の鍵になるのが、「マイクロ流体デバイス技術」という微小な流路や反応容器を組み合わせた小型の分析システムを作る技術です。一般的なリキッドバイオプシーでは、試験管など一般的な実験室にあるような分析器具を使って、体液に試薬を混ぜて反応させながら分析を進めます。しかし私たちは、半導体の集積回路のように、この作業を1枚のデバイスに機能集約し、人間が手を触れることなく分析作業を自動的に進めて診断結果を得られる装置を作っています。

── 分析室をチップサイズまでダウンサイジングして、自動化するわけですね。

はい、この技術は「Lab on a Chip」とも呼ばれており、そのルーツは、シリコンチップの上に細い溝を切り、そこで物質同士の化学反応を起こしたり、分析したりするものです。これは半導体チップの製造プロセスを応用した技術なので、半導体チップの高集積化と同様に、より多くの機能を集積して1チップに収めようという発想が当然出てきました。私たちが研究しているのは、まさにその部分です。

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