No.013 特集 : 難病の克服を目指す
連載02 デジタル化した触覚がUIとメディアを変える
Series Report

第3回
実体を伝送・蓄積する未来のメディア

 

  • 2017.4.28
  • 文/伊藤 元昭

高精細な大画面テレビや3D映画が普及し、映像メディアの臨場感は飛躍的に高まった。また、スマートフォンやそこで活用するSNSが生活ツールとなり、いつでも、どこでも、だれとでも、情報を活用し共有できる環境が実現された。こうしたメディアに、モノの感触や重み、手応え、硬さなど、触覚にかかわる情報を付加すると、モノの実体感を伝える力が備わり、さらに新しい次元へと進化する可能性がある。触覚情報を扱うメディアは、人々の暮らしや社会活動にどのようなインパクトを与えることになるのか。また、その実現に向けた技術開発はどのくらい進んでいるのか。連載第3回では、触覚を通じて実体感を伝送・蓄積するメディアの開発最前線について解説する。

テレビやSNSといった人に情報を伝えるメディアが、触覚情報を伝えることができたら、さらにそれを蓄積して自由に再現できるようになったら、一体何が起きるのだろうか(図1)。想像は広がり、実現した時のインパクトは計り知れない。

身近なところでは、ネットショッピングで、服や家具の手触りなど、商品の細かな質感まで伝えられるようになるだろう。また、遠隔地で暮らす高齢者は、娘夫婦に生まれた赤ちゃんの肌のぬくもりや、成長して日に日に重くなる様子を共に感じることができるようになるかもしれない。さらに、死んでしまったペットの毛並みを、永遠に残せるのではないか。

医療の現場では、世界の名医が微妙な感触を頼りに手術ロボットを操り、遠隔地の患者に緻密な施術ができるようになるだろうし、宇宙や深海、原子炉の中など、人間が行けない場所にあるモノにも触れられるようになるだろう。しかもその感触を、多くの人が共有できる。仮に、土星の衛星エンケラドスの海の中で生命が発見されたら、翌日には、その感触を世界中の人が同時に感じられるようになり、さぞかし胸踊る体験となるに違いない。

こうした想像のうちのいくつかは、既に実現が視野に入っている。少なくとも、これから実現に向けた技術開発の筋道は、ハッキリと見えている。本連載の第1回で紹介したように、触覚を自在に表現できれば、視覚や聴覚だけでは感じられなかったモノの実体感を、機械を通じて伝えることができるようになるのだ。実体感を伝えることができるメディアの実現は、距離や時間を超えた体験を人にもたらし、暮らしや社会を一変させるイノベーションになるだろう。

触感などを通じて実体感を伝えるメディアの実現が視野に入ってきた
[図1] 触感などを通じて実体感を伝えるメディアの実現が視野に入ってきた
出典:Fotolia

触感は実体感を生み出す手段の一つにすぎない

触感などを遠隔地に伝えたり、蓄積して自由に再現したりするためには、どのような技術が必要になるのだろうか。その問いについて考える前に留意しておかなければならないことがある。実体感を伝えるメディアを実現するうえで、触覚・力覚・圧覚を再現する技術は、あくまでも実体感を生み出す手段の一つにすぎないという点である。

「モノの手触りや重みを忠実に再現できる技術ができれば、実体感を伝えるメディアが出来上がるのでは」と考える人も多いことだろう。もちろん忠実に再現できるに越したことはない。また、先に上げた宇宙探査への応用例のように、未知のモノの感触を伝えるには、忠実な再現が何より重要になる。しかし、多くの場合、触感などをいくら忠実に再現しても、人はありのままの実体感を得ることはできない。

例えば、目隠しした人が指先で豆腐に触れるとき、恐る恐る指を近づけ、爪先にわずかに当たっただけで強烈な刺激を受けてしまう人もいるだろう。反対に、何の躊躇もなく指を突き入れ、その正体を探る人もいるのではないか。これは、実体感というのは触覚だけではなく、視覚や聴覚などと合わせて複合的に感じるもので、しかもひとりひとり異なる経験や記憶に基づくものだからだ。知覚情報が足りない状態では、頭の中の記憶が感情を支配し、想像を働かせて各者各様の感じ方をしてしまう。五感を駆使して実体感を感じるプロセスは、脳科学や心理学の知見と併せて理解すべき現象なのだ。

同様の現象は、実は視覚や聴覚にもある。たとえばデジタルカメラは、感動を伝えやすくするため画像に、明るさや彩度、コントラストの調整やモノの輪郭の強調などを施している。撮影したそのままの情報を忠実に表現しても臨場感や感動が伝わりにくく、むしろ実際の被写体よりも強調した画像にした方が、リアルに感じる場合がある。カメラのメーカーが言うところの「絵作り」という処理である。美しい、かわいい、威厳があるといった、感情と結びつきやすい記憶を呼び起こすきっかけ作りのために、「絵作り」は大切だ。同様の理由から、実体感を伝えるメディアでは、高度な「感触作り」と呼べる技術が必要になる。

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