No.009 特集:日本の宇宙開発
Scientist Interview

日本発の水星探査計画「ベピコロンボ」

2015.08.31

早川 基 (JAXA 宇宙科学研究所 太陽系科学研究系 教授 
Bepi Colombo プロジェクトチーム プロジェクトマネージャー)

2007年に打ち上げられた月探査機「かぐや」や、2010年に小惑星のサンプルを世界で初めて持ち帰った「はやぶさ」など、近年、日本の太陽系探査は着実に成果を上げてきた。現在も「はやぶさ2」が小惑星、「あかつき」が金星へ向けて航行中だ。そんな中、太陽系で最も内側の軌道を公転する水星をターゲットとした「ベピコロンボ計画」がヨーロッパと共同で進められている。ベピコロンボ計画は、MPO(水星表面探査機)とMMO(水星磁気圏探査機)という2機の探査機が、同時に水星を周回することになっている。日本はそのうちの1機MMOの開発を担当している。日本側のプロジェクトマネージャーを務める、JAXA宇宙科学研究所教授の早川基教授に、ベピコロンボで期待される成果を中心に話を聞いた。

(インタビュー・文/岡本 典明 写真/ネイチャー&サイエンス)

水星へは行くのも大変、生き残るのも大変

 

──水星探査は世界的にみても、これまであまり行われてきませんでした。今年4月まで、アメリカのメッセンジャー探査機が周回しながら観測を行っていましたが、それ以前は1970年代のマリナー10号までさかのぼります。

水星は地球の内側にあって、距離的には地球からそれほど遠くありません。それにもかかわらず、水星探査は非常に難しい。その理由は二つあります。まず行くのが大変、そして到達してもそこで探査機が生き延びるのが大変なんです。

──行くのが大変、というのはどういうことですか。

探査機を水星まで送り届け、さらにその周回軌道に入れるには、探査機を十分に減速する必要があります。そのために必要なエネルギーを地球から外側に向かう探査機で使ったとしたら、太陽の重力圏を脱出できるほどのエネルギーなんです。水星の周回軌道に探査機を入れるのは、最果ての海王星の周回軌道に入れるよりも大きなエネルギーが必要です。

──減速するための燃料を大量に持っていったとしたら、そのぶん搭載できる観測機器が制限されてしまいますね。

現実的な重量の観測機器を搭載した探査機を水星の周回軌道までもっていくためには、必要なエネルギーを代替することが必要です。そのためベピコロンボではフライバイや、イオンエンジンを使った電気推進を利用します。

──フライバイは惑星の重力を利用して探査機の速度をかえる方法ですね。イオンエンジンははやぶさでも使われていました。

それらを利用することで搭載する燃料は少なくてすみます。一方でデメリットもあって、水星に到着するまでより多く時間がかかります。フライバイは基本的に遠回りをしていかなければいけません。電気推進は低燃費で運転できますが推力は小さいので時間をかけることになります。観測を考えずに燃料をたくさん搭載して水星の周回軌道に入れるだけならおそらく4〜5か月で水星に到着できるのですが、ベピコロンボでは打ち上げから水星の周回軌道に入るまでに6〜7年かかります。

──水星にたどりついたとしても、そこで生き延びることも大変ということですが、それはなぜですか。

水星は太陽に近いので、太陽から受ける熱が最大で地球の約11.4倍もあります。とにかく熱い。また水星の周回軌道にいると、水星からの照り返しもあります。水星が太陽に一番近いときには、太陽の直下点の温度が430℃ほどもあって、強烈な電気ストーブがあるようなものなんです。太陽からも熱がくるし、水星側からも熱がくる。そういう高温の厳しい環境で、どうやって生き延びるかということも難しいんです。

探査機の内部が高温になると、機器の電気部品が壊れてしまいます。探査機では多層膜の断熱材で外側をおおうことが多いんですが、それでは水星の周回軌道の環境では内部が高温になりすぎてしまうため使えません。そこでMMOでは、表面を鏡にして内部が高温にならないようにしています。鏡には観測機器用の穴をいくつも開ける必要がありますが、そこからも熱が入り込まないような工夫をしています。

メッセンジャー探査機がとえらた水星の全体像の図
[図1] メッセンジャー探査機がとえらた水星の全体像。水星の半径は約2440キロメートルで、惑星の中では最小である。CREDIT:NASA/Johns Hopkins University Applied Physics Laboratory/Carnegie Institution of Washington
地球を出発するベピコロンボの想像図
[図2] 地球を出発するベピコロンボの想像図。先頭にサンシールド(日よけ)におおわれたMMO、真ん中にMPO、その後ろにイオンエンジンを積んだ電気モジュールが合体した形で水星まで航行する。
CREDIT:ESA-AOES Medialab

Copyright©2011- Tokyo Electron Limited, All Rights Reserved.