No.009 特集:日本の宇宙開発
連載02 生活と社会活動を一変させる、センサ革命
Series Report

スマートグリッドはCPSの先駆け

CPSのような次世代の社会システムは、これからの社会が抱える問題を解決するために、欠かせないシステムになるだろう。では、どのような分野の社会問題を、どのように解決していくのか、そのいくつかを簡単に紹介する。

エネルギー分野は、最も早く次世代の社会システムの構築が進められている分野である。ここでは、センサの役割を担うスマートメーターを各家庭に設置して、人の手を使わずに電力消費量を検針、リアルタイムで把握できるようにしている。スマートメーターで収集したデータはデータセンターに収集し、ここで電力の需給バランスを細かく調整するのに使われる。社会全体で省電力化を図るスマートグリッドを構築するため、世界の各国がこうしたシステムの導入を、政策として進めている。

交通の分野でもシステム構築の素地が徐々に出来上がってきている。「走る」「曲がる」「止まる」といった自動車の基本性能を走行状況に合わせて自律制御するために、ブレーキやアクセルの「踏み」を検出する、ハンドルの左右回転を検出するなど、さまざまなセンサが自動車に搭載されるようになった。こうしたセンサで収集したデータを、他車や道路インフラ内のシステムと共有することで、円滑に走行できる交通環境を作り出そうとしている。これによって、交通事故の削減、高齢者の外出支援、渋滞や環境負荷の低減などを目指している。

老朽化するインフラ、破綻寸前の医療保険制度を救う

道路など公共性の高いインフラの分野では、経年劣化に伴う老朽化問題や震災などによる突発的障害の発生への対処が課題になっている。しかし、補強や改築工事を見切りで進めるほどの予算の余裕は、政府や自治体にはない。建物や橋梁、道路などに歪みや荷重、主要部分の動きなど老朽化の度合いを推し量るためのデータセンサを埋め込み、情報を収集して、改築工事の効率化や安全な運用を図る取り組みが進んでいる。総務省は、インフラの老朽化を察知できるセンサネットワークを、2025年までに日本の全ての橋に導入することを決めている。

さらに、海外では、高度な社会システムによって、水資源を有効に活用するための取り組みが盛んに行われている。水資源に恵まれた日本では今ひとつピンとこない話かもしれないが、水の有効活用は多くの国にとっての最重要課題である。有効活用を考えるうえで最大のターゲットになっているのが、世界で消費される淡水の7割を占めている農業用水である。米Intel社は、農業に使う水の無駄な消費を抑えるため、大規模な実験を進めている。センサなどを使って農地の状況を検知し、本当に必要な部分に絞って供給する制御を加え、消費量を50%削減しようとするものだ。

医療分野では、到来する少子高齢化社会における医療費高騰への対処が必須だ。世界の先進国の医療保険制度は、おしなべて破綻寸前である。この状況を打開する策として、医療分野の技術開発の中心が、病気の「治療」から「予防」へと移行している。なるべく病院に患者が来ない状況、または大病になる前に処置できる状態にしたいという発想である。そのためにはセンサを搭載した機器を身につけることで、心拍数や血圧、尿酸値など日々の生体データを検知・記録し、これらを医療データと一体化して活用する。Apple社の「Apple Watch」は、こうした社会の要請に応える機器である。

ものづくりに起きつつある革命

ものづくりと流通の分野では、工業製品の販売形態が「規格品の大量生産・大量流通・大量販売」から「個人の嗜好に合わせた製品のリードタイムゼロでの生産・販売」へと変化しようとしている。その実現のためには、サプライチェーン上の各プロセス、および企業で、開発・製造・販売・物流などにかかわるデータをリアルタイムで取得し、それぞれの活動を最適化する必要がある。

世界では既にこうしたシステムを構築しようとする動きが始まっている。ドイツ連邦政府は、開発・製造・流通プロセスを、ITシステムを使って全体最適化する「Industry4.0」と呼ぶ戦略を採択。Bosch社、Siemens社、ABB社、SAP社のほか、多数の企業がその仕組み作りに参加している。また、米国では、General Electric社が産業機器をインターネットにつなぎ、データ解析に基づく高度な意思決定を可能にする「Industrial Internet」を提唱。Cisco Systems社、IBM社、Intel社など、100社以上が参加する「Industrial Internet Consortium」を立ち上げて技術開発や標準化に取り組んでいる。 日本国内でも、日本機械学会が主導して、コンソーシアム「IVI(Industrial Value Chain Initiative)」を設立した。

年間1兆個のセンサを消費する時代

センサを駆使して作り上げる新しい社会システムを実現するには、さまざまな機器や設備に莫大な数のセンサを組み込めるようにセンサ自体も進化しなければならない。センサ1個当たりのコストを下げること、消費電力を低減させること、小型化することが欠かせない。

そして、センサに対するこうした要請に応える動きが出てきている。米Fairchild Semiconductor社は、米University of California Berkley校などとともに、毎年1兆個規模のセンサを使う社会"Trillion Sensors Universe(1兆個のセンサが覆う世界)"を目指すプロジェクトを立ち上げた(図5)。これまでとはケタ違いに多くのセンサを供給・利用するために、低コスト化を実現する技術開発とその効果を活用した応用開拓を行っていく。

1兆個という数は、現在の年間センサ需要の約100倍に当たる。1兆個を上回る膨大なセンサ需要が生まれるとの見方は、Hewlett-Packard社、Intel社、Robert Bosch社、Texas Instruments社など多くの機器やデバイスメーカーも予想している。

トリリオンセンサのビジョンの図
[図5] トリリオンセンサのビジョン
出典:Janusz Bryzek:"TSensors for Abundance, Internet of Everything and Exponential Organizations", TSensors Summit Munich(2014)

プロジェクトでは、一連の活動を進めるための核になるベンチャー企業TSensors Summit社を立ち上げ、2023年に年間1兆個のセンサを消費できる状況の実現を目標にして、ロードマップを作成した。その中では、これから必要になるセンサを10種類ほどに大別して、それぞれの製造プラットフォームを標準化していく作業に着手している。

一方、Linear Technology社は、電池だけで数年以上の動作可能な超低消費電力センサネットワーク向け半導体モジュール「Dust Networks」を老朽インフラの監視用に製品化している。センサ同士を結びつけて、メッシュ型の堅牢なネットワークを構築できることが特徴である。同社はコンソーシアム「Dust Consortium」を設立して、応用拡大を図っている。

次回は、イメージセンサや加速度センサなど既存のセンサが、どのようなシーンでどのよう使われて機器やシステムに新しい価値を生み出しているのか。「人の意図を察するセンサ」や「状態や状況を測るセンサ」の事例についてさらに深く紹介する。

Writer

伊藤 元昭

株式会社エンライト 代表。
富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。

URL: http://www.enlight-inc.co.jp/

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