No.009 特集:日本の宇宙開発
連載02 生活と社会活動を一変させる、センサ革命
Series Report

服用する錠剤にセンサを組み込む

MEMSの活用が進む一方で、実装技術を工夫して、物性型センサと電子回路の集積を推し進める試みも進んでいる。

例えば、日立製作所と日立オートモティブシステムズは、機器や構造物に組み込んで、さまざまな物理量を計測できる半導体センサを開発した。活用用途としては橋梁や建築物などの状態のモニタリングや、自動車の機構部分の精密な測定、医療器具などへの応用を想定している。開発したセンサでは、2.5mm角のICの中央に圧電素子を直接実装し、圧電素子にかかる応力をピエゾ抵抗変化として検知する。加重、圧力、トルク、張力、せん断力、ゆっくりとした変位などをひずみ量から計測できる。ICには、アンプやA-D変換器などの信号処理回路、外部インターフェース回路などが集積されている。

センサを内蔵した錠剤という、驚くような薬も登場している(図2)。米国FDA(日本の厚生労働省に相当)が既に、新薬承認申請を受理した。抗精神病薬に、Proteus Digital Health社が開発した、患者が服薬したことを検知するセンサを内蔵したものだ。1mm角大のセンサには、微量のマグネシウムと銅が含まれている。この錠剤を服用すると胃液とマグネシウムおよび銅が反応し、電流が発生してセンサから信号が発信される。精神疾患の患者は長期間にわたって服薬し続けなければならない。服薬が絶えれば、再発リスクが増大する。この薬は、服用して胃に到達すると、センサが患者の体に貼り付けたパッチ型検出器に向けて信号を送る。検出器では、活動量など患者の身体情報を常時集め、服薬時間と併せて記録。この情報を基に、個々の患者に適した治療法を決めるために用いる。

の図
[図1] センサを組み込んだ錠剤
出典:Proteus Digital Health社

自然界に満ちたエネルギーを電力として収穫

さまざまな場所にセンサを設置する場合、最も難儀するのが電源の確保である。例え情報伝送を無線化しても、電源ケーブルを接続する必要があると、システムの価値が落ちてしまう。かといって、バッテリーの利用では、長期運用のメンテナンスが不便になる。

こうしたニーズに応える技術として、「エネルギーハーベスティング(環境発電)技術」に注目が集まっている。太陽光や振動、熱など、われわれの周囲には、さまざまなエネルギー源がある。こうしたエネルギーを太陽電池や圧電素子などを利用して電力に変換し、有用な電力源として抽出する。さすがにスマートフォンなどを駆動するほどの電力は得られないが、センサを駆動し、無線で情報伝送するくらいの電力ならば賄うことができる。低消費電力で使い勝手のよい「Bluetooth Low Energy(BLE)」(近距離無線の一つ)のような無線技術が登場したことで、活用の機運が一気に高まっている。

ただし、太陽光や振動、熱など自然現象から得られる電力は、安定しておらず、しかも電圧が低いことが難点。センサで情報を取り込み、それを伝送するときに確実に電源を確保するための電源管理技術の確立が、実現の肝になる。ここでは、電圧変換や蓄電などを、高効率で行うことが求められる。Cypress Semiconductor社やLinear Technology社、Texas Instruments社など多くの半導体メーカーが、この新しいニーズに対応する電源管理チップを競うように製品化している。

医療を根本的に変える非侵襲センサ

存在感を感じないセンサの登場によって、まさに革命的な変化が起きつつあるのが、医療・ヘルスケアの分野である。血圧や心電など生体情報の計測は、専用の計測器を使って、対象者に直接触れて計測するのが一般的。しかし、こうした方法では、日常の生活の中で継続的に計測することが難しい。また、計測すること自体が、計測される者に心理的にも肉体的にもプレッシャーを与え、正確な計測を妨げてしまう。こうした医療分野での計測にまつわる数々の課題を解決するのが非侵襲センサである。

いくつか具体的な例を見てみよう。まず、心拍・呼吸・体動などの生体情報を非接触で検知できるマイクロ波センサモジュールを、シャープが開発した。マイクロ波を体表面に照射し、ドップラー効果(動く物体が発する音や電波の周波数が動く速度で変わる現象)による反射波の変化から、心臓や肺の動きによるわずかな振動を検知する。3m離れた場所からでも、心拍数を±10%の誤差で測定できるという。この技術は、電波さえ通れば、障害物越しでも検知できるという利点がある。浴室やトイレの中にいる対象者も計測可能であり、介護・見守り分野でのサービス向上に貢献しそうだ。

同様に光を扱う非侵襲センサで、体内の様子を可視化する技術も開発されている。ロームと産業技術総合研究所は、近赤外線を捉えるイメージセンサで、皮膚から数cm程度の深さの様子を可視化できる技術を開発した。これによって、体内のガン細胞も皮膚を透かして見ることができるという。また、血液の流れも可視化できるため、脳を流れる血液から、活性化している部分を検知し、感情を読み取ることにも応用できる可能性もある。

Google社は、涙に含まれる糖の値を測るコンタクトレンズを開発した(図3)。糖尿病患者の血糖値の監視に向けている。測った血糖値は無線通信でスマートフォンなどに送り、そこで管理もしくは外部に転送する。開発したレンズは、シリコーン製の樹脂でリング状のアンテナが挟まれた構造を採っている。アンテナの一部にセンサと電位制御IC、蓄電用のキャパシタを実装している。センサを組み込んだコンタクトレンズは、STMicroelectronics社も開発。こちらは、緑内障診断に向けた眼球の歪みを検知するセンサが搭載されている。

の図
[図2] Google社が開発しているスマートコンタクトレンズ
出典:Google社

Copyright©2011- Tokyo Electron Limited, All Rights Reserved.