No.005 ”デジタル化するものづくりの最前線”
Scientist Interview

オープン標準が強力な武器になる

──オープンネットワークやオープンイノベーションとは、どのようなものでしょう?

例えば、iPhoneを作っているアップルは、自社製品のための半導体チップをデザインしていますが、半導体製造のノウハウは持っておらず、製造は外部の企業に任せています。こういうことができるのは、半導体のデザインと製造の間に、「インターフェイス」が存在するからです。インターフェイスはやりとりのルールですから、「標準」と言い換えてもよいでしょう。現在は特に企業間のやりとりのルール、すなわち、オープン標準が重要だと考えられています。

産業界の標準や国際標準が決まっていれば、そういったオープン標準を基盤として、企業同士が自在に結びつくオープンネットワークを構成することができます。そして、それに伴ってイノベーションが活発に起こって産業が進化する、と考えられるようになってきたのです。

──標準を主導するのは、国とは限らないわけですよね。

1980年代までは、国や、ISOなどの公的機関が標準を主導する、「デジュール標準型」が一般的でした。これに対して、企業が作った仕様がそのまま業界の標準になることを「デファクト標準」と言います。IBMのような巨大企業がデファクト標準を作ることは以前からありましたが、一部の企業(とくに大企業)に限られていました。このような状況に対して、1990年代以降、変化が現れました。

90年代以降に目立つようになってきたのが「コンセンサス標準型」あるいは、コンソーシアム型やフォーラム型といわれる標準です。これは、企業同士が勝手に集まってコンソーシアムを構成し標準を作ってしまうというもので、カルテル(企業間で価格や販路などの協定を結ぶこと)の温床にもなりやすいため、競争法上、以前はあまり推奨されていませんでした。

しかし、90年代以降、オープンイノベーションを加速させるため、世界的にコンソーシアムを作ることが奨励されるようになってきました。半導体や移動体通信など、新しいタイプの産業にはたいていコンソーシアムが関わっています。これらの分野では、技術開発のロードマップであったり、通信プロトコルであったりと、いろいろな形でオープン標準が作られています。また、スマートフォンのOSとして知られるAndroidも、コンソーシアムで策定されています。

こうしたコンソーシアムでは、一見、参加企業が手弁当でボランティア的に標準策定を行っているように見えます。しかし、研究を進めていくと、標準を作った企業が、大きな利益を得ているケースが多いことがわかってきました。特に、欧米の企業は、業界のためにもなり、かつ自社の利益にもなるオープン標準を作るのがとても上手なのです。

──うまくいったオープン標準の例としてはどのようなものがありますか?

コンピューター分野のUSB規格や、移動体分野のGSM(第二世代携帯電話の通信方式の1つ。世界的に広く普及している)などがそれに該当するでしょう。

少し前だと、インテルの作ったパソコン用マザーボード(主要な電子回路を搭載した基板)の規格が挙げられます。インテル自身はパソコンを作りませんが、パソコンを簡単に作れるマザーボードの規格を作り、それを台湾企業に教えました。マザーボードにはインテル製のCPUが使われていますから、台湾企業がパソコンを1台作るごとにCPUも1個売れて、インテルは儲かるわけです。

90年代、特に日本の電機産業は、中国や韓国、台湾といった海外企業の進出を恐れました。しかし、こうした新興国の企業は日本企業に対して必ずしも競合するわけではなく、仕切り方によってはよいパートナーになれた可能性が高かったのです。残念ながら、日本の電機産業は海外企業と単純な競合関係になってしまい、パートナーをつくれず、非常に厳しい状況になってしまいました。

もう一度、成長している新興国企業をよく見てください。新興国の企業は単独で成長しているわけではなく、例えばインテルやクアルコム(スマートフォン用CPUの最大手)のような先進国の企業もまた同時に成長していることがわかります。先進国企業と新興国企業というのは、絶対に競合するというものではなく、パートナーとなる可能性もあるのです。

もちろん、こうした関係は自然に生じるものではありません。むしろ、非常に人工的であるといえます。言い換えれば、経営者の経営戦略の結果そのものです。この経営戦略を支えるものが、オープン標準という戦略的なツールなのです。

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