No.005 ”デジタル化するものづくりの最前線”
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マス・カスタマイゼーションとものづくりの未来

〜自動車産業の生産技術を中心に

  • 2013.09.20
  • 文/淵上 周平

ナイキやプーマのウェブサイト上では、色や柄、素材などをたくさんのバリエーションの中から選び、世界に1つしかない自分だけのスニーカーを注文することができる。消費社会の極限を示した名コピー、「ほしいものが、ほしいわ」が世に出たのは1980年代のことであったが、多様化した消費者の「ほしい」ものを提供すべく進化してきた製造業は、今や世界に1つだけの商品をつくることができるようになった。製造業の進化の歴史から、日本のものづくり、そして未来のものづくりのカタチを考えてみる。

大量生産前史

「ほしい」という人間の欲望は、人類の歴史を作ってきた原動力である。食べることや寝ること、子孫を残すことといった生きるための欲望のレベルでは、"生産者"と"消費者"といった分類はなく、「ほしい」人と「つくる」人はほぼ一致していた。しかし、社会の発展は、人口増加と欲望の複雑化をもたらす。生存に必要とは言えない豪奢なもの、生活に少しだけ華やぎや余裕を与える嗜好品などを「ほしい」人たちが現れ、それを生産する人々が表れるようになったのだ。

日本において、生産と消費が分かれ、その間を媒介する貨幣を通して、消費者という存在がはっきりと確立したのは江戸時代のことである。増え続ける人口に対応するために、食糧や生活必需品の生産は効率化を求められた。醤油や酒、絹織物、製陶といった消費財の生産現場では、原料供給と生産の分離、製造行程の分業、労働者の招集などが行われ、製造業が本格的に整備されていった。農民の副業として発展した問屋制家内工業*1、またその発展形態、作業場としての工場で生産が行われる工場制手工業(マニュファクチュア)のはじまりである。江戸期の日本のマニファクチュアへの取り組みと消費社会の成熟は、世界史的に見ても先端を走っていた。そして、こうした生産技術の蓄積の歴史をバックグラウンドとしながら、やがて日本のものづくり産業は20世紀に大きく花開くことになるのだ。

日本はもとより、世界のものづくり産業の20世紀は、自動車産業が牽引した、と言ってよいだろう。裾野も含めた産業全体の規模、他の製造業への波及効果、自動車という存在が人間の生活に与えた影響、石油資源との関わりなど、自動車産業には重要な要素がいくつも含まれている。21世紀の今も、その重要性と先進性を保ち続けているこの産業の、製造手法の歴史を見ていくことにしょう。

フォード方式からトヨタ方式へ

20世紀初頭に、アメリカの自動車メーカーであるフォード社による製造手法の革新があった。1:製品標準化、2:部品の規格化、3:製造工程の分業化とライン方式の導入の3つである。製品の標準化とは、製造車種を限定することである。当時はまだ自動車は高級品であり、現在のように多様化した嗜好に対応せずとも商品は売れた。T型フォードの生産に集中し、規格化された大量の部品を準備し、低コストで提供した。製造ラインは、タスクを細かく分けることで、非熟練工でも働ける環境を整えた。この方式はフォード・システムと呼ばれ、以後の製造業の基本的な手法として浸透していった。個々の技術についてはすでに導入をしていた競合他社もあったというが、フォード社はそれを総合し、圧倒的な物量によって成功を収めたのである。

しかしフォード社は、しばらくすると消費者からの支持を得られなくなっていく。「ほしい」に応えることができなくなったT型フォードにかわって、競合他社から様々な自動車が生産されるようになったからだ。戦時中の軍需や、大戦後の市場拡大、そして日本などの新興国の参入により、自動車製造業は高度に洗練されていく。と同時に消費者であるユーザの要求も複雑化し、成熟していったのが20世紀後半である。

高度化した消費社会に対応し、効率的な生産と供給を実現するため、製造業のマネジメント手法として登場したのが、SCM(サプライチェーンマネージメント)である。商品企画、原料調達、製造、流通、販売を1つのチェーン(連鎖)として捉え、その最適なマネジメントにより経営効果を高めるという考え方だ。このSCMの中で重要な製造技術として見出されたのが、フォード社の大量生産方式と比較して語られることが多いリーン生産方式である。

サプライチェーンマネジメントの図表
[図表1] サプライチェーンマネジメント

大量生産は、部品の在庫リスクをはらむ。その維持費をカットするため、なるべく極小の在庫で生産を行う体制を整えること。生産の計画を事前に行うのではなく、市場からのオーダーに応じて生産するという顧客志向の生産原理の徹底。部品製造は、密接な関係にある外部企業との連携により安定供給とコストカットを行い、自社は商品の企画と組立に徹するという外部化。

このやりかたは、実は20世紀後半に世界を席捲した日本の自動車産業、特にトヨタ自動車の製造手法を、アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)が徹底的に研究することで明確にされたものである。カンバン方式、カイゼン、系列といったトヨタ自動車の製造手法は、欧米諸国が1980年代になってベンチマークの対象とし、リーン生産方式とSCMという合理的なシステムに昇華させていったのである。

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