No.008 特集:次世代マテリアル
Scientist Interview

既存技術で、プリンテッドエレクトロニクスを
実現。新しいエクスペリエンスをつくる。

2015.04.30

Dr. Kate Stone (英ノバリア(Novalia)社 創業者 兼 Director)

薄いプラスチックを基板として、配線やトランジスタを形成するプリンテッドエレクトロニクス。フレキシブルに曲がるためウェアラブル端末や、ヘルスケア端末、曲げられるテレビなどの応用が期待されて、早10年以上が経過。しかし、社会への普及にはいまだ至っていない。その中、英ノバリア社は、既存の機械や材料を活用することにより、プリンテッドエレクトロニクスを製品へ応用することに成功、これまでにない体験ができる、新しいユーザーエクスペリエンス製品をうみだしている。音楽を演奏できる広告用ポスターや、おもちゃ、レコードアルバムなど様々な製品に、プリンテッドエレクトロニクスの技術を導入している。研究一筋でやってきた創業者のドクター、ケイト・ストーン氏は、従来の考え方を180度変え、最先端技術の商用化を実現した。

(インタビュー・文/津田 建二)

研究一筋から一転、起業へ

──ノバリアは、ポスターなど実際の製品に、プリンテッドエレクトロニクスを用いることに成功しました。従来技術の延長で商用化を目指したのは、どのような考え・経緯からでしょうか。

私は、ケンブリッジ大学では単一電子デバイスを研究し博士号を授与しました*1。その後、担当教授が設立したPlastic Logic社に私も参加し、総勢5人で会社をスタート。そこでは、プリンテッドトランジスタ、プリント基板回路、ディスプレイ、RFなどを作ろうとしており、私はプリンタとソフトウエア、ロジック回路の製作を担当し、約4年間働きました。

退職後、自宅のガレージで有機トランジスタの開発をはじめました。Plastic Logic社では、新しいインクジェットプリンタと新しいレーザー加工機を購入、新しい材料で開発を行っていましたが、自分が作るものは、古いプロセスと古い機械で始めようと思いました。これまで実用化できなかった原因は、新しいプロセス技術に新しい機械、新しい材料と、全て新しいもので始めたことが原因だと考えたからです。スクリーン印刷やオフセット印刷、ラミネーション、蒸着機(金属や酸化物などを蒸発させて、素材の表面に付着させる表面処理あるいは薄膜を形成する機器)などで何ができるだろうかと考え、従来の印刷工場を見に行きました。私は、古い印刷機と古いプロセス、材料を見て、私たちがこれまで携わってきた半導体工場とは全く違うことを実感しました。

例えば、印刷工場では、蒸着機は3メートルもあり、その中をプラスチックが時速約70kmという猛スピードでまっすぐに進んで行きます。アルミニウムと銅の熱蒸着、プラズマCVD、熱CVD、ラミネーティング、ポッティングなど、プリンテッドエレクトロニクスに関連する様々なプロセスをこれまで見てきましたが、印刷工場の機械は全く異なるものでした。

そこで、従来の半導体プロセスとは全く違うプロセスを作り上げることを決め、私はDe-metallization(脱金属化)と呼ぶプロセスを使うことにしました。これは、キャンディの包み紙やクリスマスのラッピング紙に似て、フレキシブルなプラスチック基板の上にアルミニウム箔を最初にコーティングしておきます。その上から配線パターンを印刷して、不要なメタルをエッチングで除去する方法です。

このやり方で、幅30ミクロンの配線パターンを描きました。このようにして作ったトランジスタの性能は良かったので、とても誇らしく思いました。10年間で初めて満足のいくものでした。同時に最も性能の悪いトランジスタも作りました。まるでインテルが1969年に作ったマイクロプロセッサのようなものです。当時、インテルのトランジスタは大きくて、遅く、pチャンネルMOSトランジスタでした。

しかし数年後、シリコンのマイクロプロセッサはアップルのコンピュータにも搭載されるようになり、今やシリコンICは、ちょっとしたものにも使われるようになりました。マクドナルドのハッピーミールやグリーティングカードにも入っています。しかし、なぜプリンティングトランジスタ回路は実用化されないのでしょうか。

私はテクノロジーではなく、フィロソフィの問題かもしれないと考えるようになりました。たいていの人びとは、フィロソフィは夢を実現する考えだと思っているでしょう。全プリンテッドエレクトロニクスに使う回路やトランジスタ、バッテリ、ディスプレイなどは、夢そのもので、Holy grail(聖杯)*2になってしまっています。これは、商用的な応用に適したテクノロジーとはいえません。商用化するのにとても長い年月がかかるからです。

そこで、考え方を変えたいと思い、古い印刷技術と既存のエレクトロニクスなどを駆使して商用化することを考えるようになりました。最新技術開発ばかりに目を向けていた、これまでの考えをガラリと変え、cleansing(浄化するような)、immersive(仮想現実感を与えるほど没入しながら)、emotional(感情に訴えるような) experiences(体験)をすることをユーザーインタラクティブな紙で実現しようと夢中になって考えました。

テクノロジーやオープン化などはどうでもよいのです。紙にプリントした魔法のような体験ができる何かを作り出したいという思いに駆られました。プリンテッドトランジスタは、性能が上がったら、それを使えばよいのです。

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