No.003 最先端テクノロジーがもたらす健康の未来 ”メディカル・ヘルスケア”
Scientist Interview

我々が求めているのは「医療業界のアップル」だ。

──バーチャル・ケアを行うとなればいろいろな可能性が考えられます。遠隔から操作する手術ロボットのような技術も、アメリカはもとより、日本でも一部の医療現場で利用されています。今後の展開についてはどのようなロードマップを描いていますか。

従来の医療でできることは、基本的にバーチャルでも可能であると考えています。そもそも、われわれのイノベーションが始まったきっかけはeICUでしたが、これを導入した当時はバーチャル・ケアセンターを建設することになるとは、まったく考えていませんでした。ところが、ICUの患者を生体情報まで含めて常時モニターでき、生体検査ラボの結果もすぐに統合し、双方向ビデオでは患者の瞳孔が開いているかどうかまで確認できるようになりました。また、小規模病院の患者の病状が悪化すると、これまでは都市部の病院に移動させるしかなかったのが、このシステムを使えば自分のコミュニティーにいるまま診察を受けられるようになります。そうした体験を経て、では次には何ができるのかを探ったのです。そして、医師や看護士、患者がみな確信を持てるならば、通常の診察もこの方法でできるのではないかと考え始めた。ここまでひとつひとつ進んできたわけです。

──そうして今、医療のデリバリーを計画する段階に来たということですね。

そうです。医師をクローン化することはできませんし、これ以上働かせることも無理です。ならばできることは2つです。医師たちがもっと効率的に働くこと、そしてチームとして働くようにすることです。そうすれば、実はコストも下がります。すなわち、より多くの人々に優れた医療を安く提供できるとなれば、現在アメリカの医療が直面している問題を解決できるということです。

──ゆくゆく慢性病患者が在宅診察を受けるようになれば、家ではどんな機器が必要になりますか。

最低限iPadで十分です。体重や血圧、血糖値を計り、画像も添えて送信するということがいずれ可能になるでしょう。ただし依然としてネックになっているのは、ブロードバンドの普及です。Vidyo社などビデオ送信の圧縮で優れたテクノロジーを開発する企業もありますが、それでも携帯通信では十分ではありません。とは言うものの、先だってガーナの政府高官と話をした際、同国ではインターネットが行き渡ってはいないが、みんな携帯電話を持っているという話になりました。ですから、われわれの戦略もすべてブロードバンドによるインターネット接続を前提にするのではなく、携帯通信でも可能にしたいと考えています。ことに高速な4G(第4世代移動通信システム)に移行すれば、かなりのことができるようになるでしょう。

──モバイルに装着すればすぐ利用できるといった、新型の医療機器の開発は進んでいるのでしょうか。

思ったほど開発されていません。たとえばiPhoneならば、上部にあるイアホン・ジャックに何かガジェットを装着するという方法がひとつあるでしょう。けれどもiPhoneの下部のコネクタに機器をつなげる方が、無数の可能性が開かれます。たとえば、耳の内部を診察する際に使われる耳鏡に接続し、写真を撮って分析できれば、単に写真画像がスクリーン上で見えるということ以上の使い勝手が生まれる。そうしたテクノロジーを開発するのは起業家たちでしょう。起業家ではありませんが、オランダのフィリップス社とはこんなやりとりがありました。同社は、われわれの敗血症プロジェクトを聞いて、ディスプレイ装置を寄付しましょうと言ってきました。総額5万ドルかかるようなものです。けれども私は「いや、それは要りません」と答えました。必要なのは呼吸数と心拍数のデータだけですから、と。彼らがもう一度検討して持ってきたのは、センサー付きの腕輪型モニターです。これならば退院しても着け続けることができます。つまり、5万ドルではなく20ドルのモニターで用を足すことができるのです。こうしたところに、起業家のアイデアが活かされることになるでしょう。われわれが求めているのは、「医療業界のアップル」です。アップルのテクノロジーは革命的なのではなく、既存のものを融合させて、その届け方の方法、つまりデリバリーを変えました。医療でも、デリバリーのための新たな方法が必要なのです。

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