No.007 ”進化するモビリティ”
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ロンドンの自転車革命

ロンドンは、EUの中では後発だったが、現市長のボリス・ジョンソンの交通戦略構想により、自転車先進都市へと変貌を遂げている。イギリスは、古くから活動している自転車NGOなどの存在はあったものの、基本的には自転車への評価は低く、三人に一人は自転車が乗れないと言われた時代もあったという。それが大きく変わったのは、ロンドンオリンピックに向けた都市整備、そして2005年のロンドン同時爆破テロ事件である。市内の地下鉄の三箇所で爆発が起こり、多数の死者負傷者が出たこの事件で、ロンドンの交通網は麻痺。その際に自転車が大きな役割を果たし、また市民の意識を変えた。また日本とは違い通勤のための交通手当が企業から出ないため、自転車通勤を選ぶインセンティブが大きかったこともある。そうした経緯の中で、ジョンソン市長が2010年に発表し、"ロンドンの自転車革命"と言われた「ロンドン市の交通戦略」構想は、交通手段の重要なファクターとして自転車をフィーチャーし、10の目的を提示した。

*参照:ロンドンの自転車革命
https://www.london.gov.uk/priorities/transport/cycling-revolution

  • ①自転車を移動のための主たる手段として位置付けること
  • ②道路利用者相互の配慮の義務化
  • ③自転車による死傷者数を減らすこと
  • ④駐輪場を増設すること
  • ⑤盗難対策を行うこと
  • ⑥健康的で楽しい利用の推進
  • ⑦市の計画に自転車をきちんと位置づけること
  • ⑧民・官からの投資を促進すること
  • ⑨自転車主導のための各種共同作業の徹底
  • ⑩通勤やレジャーのための機会やルートを提供すること

市民の足としてレンタサイクルを拡大し、駐輪場を整備し、自転車レーンの導入を進めているロンドン。自転車スーパーハイウェイという自転車専用道路の設置を推進し、2026年までに自転車利用を400%増加させるという大きな目標値を掲げている。時代の変化と市長のリーダーシップを背景に、ロンドンは自転車フレンドリーな未来の都市に変貌しつつある。

日本における自転車政策の現状と未来

翻って日本はどうだろうか。自転車人口は確実に増加しているが、まだまだ社会的な存在感は小さいのが現状であろう。たとえば法的には車道走行が原則だが、街を見てもそれが徹底されているとは言い難いし、それを明確に区別しようという意識も薄い。戦後の経済成長の大きな牽引力となったのは自動車関連産業であり、日本の交通システムが自動車を中心に設計されてきたことにも原因があろう。また、国の大きな指針として、自転車の社会的な存在と価値を明確に打ち出したものが示されていないし、各自治体が独自に自転車に関する政策を打ち出しているものの、ほとんどは公共空間を占有する放置自転車の扱いについてである。

利用者の観点では、住居と働く場所が離れている人が多いという事情も大きい。自宅から職場まで自転車だけで通勤できる人は都心居住者に限られ、郊外に住む多くの人たちは電車の利用が必須である。こうした状況では、自転車が主役となる都市デザインというのは難しいのも理解できるが、少しづつでも改善していく道筋は考えられないだろうか。

難易度は高いが、日本がこれから取り組まなくてはいけないのは、都市のデザインや生活に関する考え方のシフトであろう。EUでは移動の自由という理念がベースにあり、そこからさまざまな政策が生み出されていることは、これまで述べてきた通り。加えて都市における自治の意識、つまり自分たちの暮らす街を自分たちで作っていく、という考え方がEU市民にはある。暮らしやすい街、魅力ある公共空間を、自分たちで議論しながら作り上げていくという考え方である。だからこそ、限られた道路という公共資源を、自動車と自転車、歩行者でどのように分配していくかについて合意形成ができ、機能する政策を進めることができている。一方日本では、公共とは基本的には国がつくるもの、という意識がまだ強い。これは自転車に限った問題でもないが、国のやることに文句を言いながらも受け入れる、という現状から、自分たちが働きやすく暮らしやすい都市を自分たちでつくっていく、という考え方へのシフトが必要ではないだろうか。オリンピックパラリンピックの開催に向けて、東京都では自転車の社会的な価値を認識し、自転車レーンやレンタサイクルなどを整備していこうという動きも見える。これをいいきっかけにして、自転車の価値と存在感を大きくするような取り組みが進むことを期待したい。

また自宅と職場の距離の問題については、すぐに解決できるものではないが、他都市の取組からヒントを得ることができるだろう。たとえば自転車を電車へ持ち込みやすくすること。もちろん、いまの満員電車に自転車を持ち込むのは難しい。タイムシフト通勤やITを活用した遠隔勤務など、働き方の変革も同時に必要になる。あるいは、企業は自転車通勤によって定期代などコスト削減できる費用を活用し、自転車通勤にインセンティブをつけることも可能だろう。コペンハーゲンのように、会社に駐輪場を設置した場合の優遇措置なども考えられる。小さな取組みが束になることで、いまの状況を改善していくことが可能だ。

また地方自治体では、観光資源としての自転車に着目した新しい動きも見られる。自転車+旅行によるサイクル・ツーリズムの盛り上がりである。瀬戸内海を渡り、本州と四国をつなぐしまなみ海道は、広島県尾道市と愛媛県今治市を6本の橋で結ぶ全長約80kmの道路で、サイクリストたちに人気のスポットとなっている。北海道や千葉県、奈良県、青森県などでも、サイクル・ツーリズムに向けた取り組みが始まっており、今後の拡大に期待したい。

自転車を通して現在の日本を見ると、そこにはこれから解決していかなくてはいけないさまざまな課題と未来を拓くたくさんの可能性を見て取ることができる。この日本でも、自転車は未来を走っているのだ。

[ 脚注 ]

*1
ヨーロッパ自転車連盟のリリース記事より
http://www.ecf.com/news/cycling-tourism-europes-44-billion-euro-gold-mine/

Writer

淵上 周平(ふちがみ しゅうへい)

1974年神奈川県生まれ。
中央大学総合政策学部にて宗教人類学を専攻。
編集/ウェブ・プロデュースを主要業務とする株式会社シンコ代表取締役。

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