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磁石で細胞を浮かせて、病気を診断する

2015.8.3

向かい合った磁石の間に、バラバラになった細胞をくぐらせる。浮き沈みの度合いによって、細胞の状態や種類を判別できる。

生き物の空中浮遊というと手品のようだが、科学の世界では磁石を使って生物を浮遊させる研究が真面目に行われている。有名なのは、2000年にイグノーベル賞*1を受賞した、オランダ ネイメヘン大学の研究者によるカエル浮遊実験だろう。水は磁石に反発する反磁性の性質が強く、強力な磁石(16テスラ程度)を使うことで、水分を多く含む生物を浮遊させることができるのだ(ちなみにイグノーベル賞受賞の理由はカエルが浮いている様子がユーモラスだからであった)。
ただし、磁気浮遊の仕組みを20μm以下の生命体に対して使うことはできなかった。これくらい小さなサイズで反磁性を働かせようとすると、対象物に金属塩(酸の水素原子を金属イオンと置換した化合物)を使わなければならず、細胞などにダメージを与えてしまう。
スタンフォード大学Naside Gozde Durmus博士らの研究チームは、磁気を利用してガン細胞などの識別を行う装置を開発した。この装置は、50×2×5ミリメートルの薄い磁石2枚が細い管を挟んだ構造をしている。細胞やバクテリアなどのサンプルを含んだ液を装置に通すと、その磁気的な性質に応じて、サンプルの浮き沈みの程度に変化が生じる。例えば、装置に入っている細胞が生きている時は反磁性が強いため、2つの磁石の間でバランスが取れて浮かんでいる。ところが、酸でダメージを与えると、細胞は死んで反磁性が弱くなり、管の下の方に沈んでいく。上下2つの磁石を使うことで、微妙な磁気的な性質の変化を(事前に金属塩を加えることなしに)捉えることができるのである。
この装置は、抗体などによるマーキング処理をサンプルに施す必要がないため、手軽に使えるのが大きな利点だ。
研究チームは、本格的な検査機器がない患者の自宅や小さなクリニックで、ガンやその他の病気の診断が行えることを目指している。専用レンズを取り付けたスマートフォンで細胞の状態を観察できるようにするという。

(文/山路達也)

[ 注釈 ]

*1
イグノーベル賞:
「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に対して与えられる賞。選考理由はさまざまで、風変わりで笑いを誘う研究のほか、皮肉や風刺の意味で選ばれることもある。ノーベル賞とイグノーベル賞の両方を受賞した人もいる。2014年には「床に置かれたバナナの皮を、人間が踏んだときの摩擦の大きさを計測」した北里大学の研究チームが受賞している。

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