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生命活動の源「ATP」で動作する、
世界初のハイブリッド電子回路

2016.3.1

ハイブリッド電子回路の概念図。細胞膜(内にあるタンパク質)を再現したイオンポンプで、ATPからエネルギーを取り出し、下の電子回路を動作させる。 Credit: Trevor Finney and Jared Roseman/Columbia Engineering

生物と電子機器。2つの存在は、根本的に異なる原理で活動する。
電子機器の基本となっているのは、電子だ。電気エネルギーで動作する半導体は、電子を移動させることで情報の処理を行う。
一方、生命活動の源となっているのが、アデノシン三リン酸(ATP)と呼ばれる物質だ。細胞内にあるミトコンドリアでATPが合成され、このATPが分解される時にエネルギーが放出される。タンパク質の合成や糖の分解、筋肉の収縮など、生物内でエネルギーが消費される活動にはすべてATPが使われている。
米コロンビア大学(Columbia Engineering)Ken Shepard教授らの研究チームは、このATPをエネルギー源として電子回路を動作させることに成功した。
研究チームが着目したのは、生物の細胞膜にあるNa⁺/K⁺-ATPアーゼというタンパク質。このタンパク質はATPをエネルギーとして、細胞内からナトリウムイオンをくみ出し、カリウムイオンを取り込むポンプの役割を果たす。1つATPが消費されるたび、3つのナトリウムイオンがくみ出され、2つのカリウムイオンが取り込まれる。それによって、正電荷が1つ細胞外に放出されるのだ。生物では、こうして作られる電位差を、細胞の浸透圧の調整などに使用するが、研究チームは、これを、電子回路の動作に応用した。この仕組みは、ATPがあるところならどこでも利用できるため、体内で半永久的に動作するデバイスも実現できる可能性がある。動作実験に使われた回路は数ミリメートル程度の大きさだが、研究チームはさらなる小型化に取り組んでいるという。
皮膚に貼り付けたり、体内に埋め込んだりする医療デバイスの開発が世界的に活気づいているが、ATPをエネルギー源として使うことができれば、デバイスの開発はさらに加速することになりそうだ。

(文/山路達也)

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