Expert Interviewエキスパートインタビュー
宇宙実験はどのように行われる?
── タンパク質を宇宙に持っていくだけで、結晶の品質は上がるのでしょうか。
そういうわけではありません。きれいな結晶を作るには、それぞれのタンパク質によって結晶化するときの温度や濃度などの条件が異なります。事前に綿密に検討することが必要です。
宇宙実験をするタンパク質は大学や民間企業から公募しますが、必要に応じて、事前検討をJAXAでフルサポートしています。タンパク質を生成したり、さまざまな試薬を作ったり、データ分析をしたりといったさまざまな検討作業を、JAXA内の実験室で行っています。民間企業で、結晶ができているけれども品質が悪い、あるいは結晶そのものができないと悩んでいる方もいらっしゃいます。そのような場合、結晶になる条件を探したり、実際に結晶ができるときの条件をもとに宇宙実験に向けた条件を探したりもしています。
── タンパク質のサンプルを「きぼう」へ持っていくだけでなく、実験が終わったサンプルを「きぼう」から持って帰る必要があります。サンプルの打ち上げや回収には“ロシア便”と“アメリカ便”があるそうですね。
以前は、ソユーズなどロシアの宇宙船だけでタンパク質のサンプルの打ち上げと回収を行っていました。4年ほど前から、アメリカのスペースX社のドラゴン宇宙船でも打ち上げと回収を行うようになりました。
ロシア便はほぼスケジュール通りに遅延なく打ち上げられますが、アメリカ便は遅延することがあります。遅延によって「きぼう」に到着する前に結晶化が開始しては困るので、結晶化しないようなメカニズムを組み込んであります。サンプルが「きぼう」に到着した後に、結晶化を開始するためのセッティング作業を宇宙飛行士に行ってもらいます。セッティングが終わってしまえば、その後、タンパク質結晶生成実験に関して宇宙飛行士が行う作業はありません。
その後は地上の管制室で、環境温度をモニタリングします。溶液の温度とタンパク質の溶け具合は密接にリンクしていますので、きちんと温度を維持しなければいけません。軌道上では20℃±2℃、4℃±2℃の範囲に収まっているかどうかをモニタリングしています。その範囲から逸脱した場合、きぼう内の別の場所に移動するなどの措置が必要になります。
もともとロシア便では20℃の温度環境での実験だけを行っていました。アメリカ便でサンプルを打ち上げるようになってから、4℃の温度環境でも結晶生成実験ができるようになりました。20℃は室温に近く、管理や操作がしやすい。一方で、以前は、宇宙へ輸送してISS内で維持をし、持ち帰ってきて解析をするという一連の作業を、4℃を保ったまま行うことが難しかったのです。輸送技術や軌道上での温度管理技術が向上したことで、4℃での実験が行えるようになりました。
打ち上げや帰還のスケジュールにもよりますが、アメリカ便はおおむね1か月、ロシア便はかなり幅があって長くて3か月、短くて1か月ほどで運用しています。タンパク質のサンプルによって期間を使い分けていて、打ち上げや帰還のタイミングを見ながらサンプル搭載のスケジュールを決めています。
サンプルを回収した後は、きちんと結晶ができているかどうかを顕微鏡レベルで確認したのちに、それぞれの研究者にサンプルを渡します。
── 地上の実験に比べ、宇宙実験で最も大変なのはどのような点でしょうか。
地上でのタンパク質結晶生成実験では、ロボットを使って非常に少ない容量でセットアップをし、その直後から様子を見ることができます。そして良い結晶ができたと思ったら、好きなタイミングで取り出すことができます。最も良い状態の結晶を、特別なことをせずに取り出すことができるのです。宇宙ではそういうわけにはいきません。たとえば1か月という期間に合わせて実験を組み立てる必要があります。そこが宇宙と地上での実験の最も大きく違うところです。初めて宇宙実験を経験する研究者の方からすると、途中で結晶を見ることができないのが大きなストレスになるようです。「宇宙では結晶を見られないのですか」とよく聞かれますね。
また、宇宙実験の機会は貴重でコストもかかりますから、きちんと成功させたい。そうすると準備するサンプルの量も多くなります。サンプル量の多さという点でも、研究者の方に驚かれることはあります。ただ、地上では何千回とトライアルすることになりますが、宇宙ではそれを1~2回でできる可能性があることを考えると、最終的な量はあまり変わりません。