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文/山路 達也
1970.01.01
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発電所から家庭や工場まで、長い距離を電力は送電されて来るが、送電ロスにより日本全体で6%の電力が失われている。2010年の日本の総発電量は9768億kWhであり、100万kW級の原子力発電所6基分の損失ということになる。現在、送電網には高圧交流送電が使用されているが、直流送電の場合は、3%に抑えられる。さらに、電気抵抗ゼロの超伝導技術を使用すれば送電ロスを大幅に減らすことが可能となる。超伝導直流送電の最先端研究の現場から、次世代の電力網の可能性を探る。

100年の時を経て、改めて注目される直流送電

超伝導直流送電の実践設備。
[写真] 超伝導直流送電の実践設備。中央左寄りに映っているのは、液体窒素を使った冷却装置である。

日本の系統電力は、プラスとマイナスが周期的に入れ替わる「交流」である(周波数が50Hzや60Hzというのは、このプラスとマイナスが1秒間に何回入れ替わるかを示している)。送電網が交流なのは常識と思われるかもしれないが、かつて交流送電と直流送電は激しく争っていた。かの発明王エジソンは直流送電を推したのに対し、ライバルのニコラ・テスラは交流送電を提案、最終的に交流送電が勝利を収めたわけだが、その大きな理由は送電ロスの少なさにある。

電力は「電圧×電流」で表されるから、電圧を高くすれば、電流が少なくても同じ電力を送れる。電線自体の抵抗で失われる電流のロスが少なくて済むため、無駄なく電力を送るには電圧を高くするのがいい。もちろん、高電圧のままだと家庭やオフィスで使えないから、最終的には変圧器によって電圧を落とす。交流は直流よりも変圧がはるかに容易で、結果的に送電ロスを抑えることができたのだ。

では、なぜ直流が改めて注目されるようになったのか。実は、高電圧で長距離送電を行う場合、直流の方が送電ロスが少なくなる。30年ほど前から電力を扱うためのパワー半導体技術が進歩してきたことで、直流送電が実用的に使われるようになってきた。日本の交流送電網における送電ロスは6%程度だが、高圧直流送電なら1000kmで3%程度のロスに抑えられる。また、直流送電は自然再生可能エネルギーと相性がいい。太陽光発電で生じる電気は直流であり、風力発電も大型に関しては直流である。

ちなみに、私たちが日常的に使っている電気製品のほとんども直流で動くようになっている。工場で使われるモーターにしても回転数を調整するために、インバーターを使って交流から直流への変換を行っているのだ。送電網全体を直流にすることで、送電ロスを大きく減らせる可能性がある。

海外、特に米国やヨーロッパ、中国などでは直流送電への投資が急速に進んでいる。例えば、ドイツの送電会社テネットは北海の洋上風力発電所と陸地を結ぶために直流送電網を建設中で、2013年までには8GW分の電力を送電する予定だ。また、同じくテネットは、風力発電による余剰電力をスイスまでロスの少ない直流送電で送り、揚水発電所*1に備える計画を持っている。さらに、北海では2013年末を目指して8GWの揚水発電所を建設中で、高圧直流送電の設備はすでに稼動している。日本において揚水発電所は原子力発電所の余剰電力を調整するために使われるが、ヨーロッパなどでは自然再生可能エネルギーのバックアップとなっているのである。

さらに、サハラ砂漠に太陽光/太陽熱発電所を建設し、その電力をヨーロッパに直流送電で送るデザーテック計画も進行中だ。これは100兆円規模のプロジェクトになる予定で、2020年には一部送電が開始されるともいわれている。

なお、日本でも一部では直流送電が実際に行われている。北海道と本州を結ぶ北本連系や、徳島県と和歌山県を結ぶ紀伊水道直流連系がそれに当たる。50kmを越えて海を渡る場合、絶縁や鉄塔建設などの理由から交流の架空線で送電するのは困難だからだ。

サハラ砂漠の太陽光発電の電力をヨーロッパに直流送電で送るデザ―テック計画
[図表1] サハラ砂漠の太陽光発電の電力をヨーロッパに直流送電で送るデザーテック計画
(DESERTEC Foundation, www.desertec.org

原発数基分の送電ロスをなくす「超伝導直流送電」

高圧直流送電のさらに先を目指して、中部大学の山口作太郎教授らのチームが研究しているのが「超伝導直流送電」である。

電気抵抗がゼロになる超伝導状態を利用した送電は、さまざまな機関で開発が進められてきたが、これらのほとんどは交流送電であった。実は、超伝導状態であっても交流で送電する場合には電気抵抗はゼロにはならず、熱が発生する。超伝導ケーブルは絶縁材料で覆われているため、これを冷却するのはとても効率が悪いのだ。さらに、交流送電の場合は、ケーブルが三本必要だが、直流なら一本ですむ*2

超伝導送電と聞いて多くの人が疑問に思うのは、冷却ではないだろうか。超伝導状態を実現するためには極低温にする必要があり、冷却剤が必要になる。送電ロスを減らせても、冷却にそれ以上の電力を使うのであれば意味がなくなってしまう。

現在使われている超伝導ケーブルはビスマスという金属を含んだ銅酸化物の超伝導体でできており、これを超伝導状態にするには液体窒素で-196℃に冷却する。液体窒素は、液体ヘリウムに比べると格段に安価な冷却剤であり、山口教授によれば「冷却コストを含めても、交流送電に比べて一桁から二桁は送電ロスを減らせる」という。中部大学では、動力を使わず液体窒素を自然循環させ、さらに熱の侵入を防ぐ技術を開発することで冷却システムの消費エネルギーを減少させることに成功している。

超伝導送電でもう一つネックになると考えられるのは、超伝導ケーブルそれ自体のコストや資源の問題だが、山口教授はこれについても大きな問題はなさそうだという。超伝導ケーブルに使われるビスマスは、無鉛ハンダにも使われる材料で資源量は問題ない。超伝導体には銀も使われているが、世界的に見て90年代以降に銀の消費量は激減した。これは、銀を使う銀塩フィルムカメラからデジタルカメラへの移行が進んだためだ。銀は貴金属であるため価格はそれほど下がっていないが、超伝導ケーブルの超伝導体はテープ状になっており使用する銀の量は微量である。また、資源としては銅の逼迫の方が問題になっているため、銅線を超伝導ケーブルに置き換える方が資源的には問題が少ないという見方もできる。

超伝導送電線の構造
[写真] 超伝導送電線の構造。内側の管の中に超伝導ケーブルが入っており、液体窒素で冷却される。その外側の管内は真空状態になっており、熱の侵入を防ぐ。

ケーブルのコストについても、住友電工が量産技術の開発に成功したことで、大幅に低価格化を実現できた。実は現在使われている交流の地中線も、油をポンプで循環させて冷却を行っている。超伝導直流送電ではケーブルが一本で済むため、建設費用も低く抑えられる。こうしたことを考慮すると、送電する電流当たりのコストは、すでに超伝導ケーブルの方が従来の地中線を下回っている可能性もあるということだ。

中部大学内に建設された、200mの超伝導直流送電実験設備。
[写真] 中部大学内に建設された、200mの超伝導直流送電実験設備。画面下から上へと延びている銀色の施設が、超伝導ケーブルを内包した送電線である。

現在、中部大学では200mの超伝導直流送電設備を使って、実験を行っている。実験データを分析した結果、液体窒素の冷却装置は2kmごとの設置でも大丈夫ということがわかってきた。今後は2km級の送電設備を建設し、さらに冷却装置の間隔を長くしても安定して送電できるようにすることを目指す。実際、このような規模(2.5kmプロジェクト)での実験はすでにロシアで始まっている。山口教授らが目標とする冷却装置の間隔は20kmで、これはだいたい東京・川崎間に相当する距離である。現在の変電所もこれくらいの間隔であるため、液体窒素の冷却装置を変電所に置くことができれば、インフラ投資コストをかけずに超伝導直流送電を行う目処が立ってくる。

また、データセンター*3への応用については、さらに早い段階で実現できる可能性もある。今のデータセンターでは100Vもしくは200Vの交流で電力が供給されており、電力変換器の損失が大きいため、48Vの(超伝導でない)直流送電にして損失を抑えようという動きが進んでいる。ただし、直流の48Vはケーブルが極めて大型になるという欠点がある。ここに超伝導直流送電を導入することで、送電損失とコストの両方を抑えられる。中部大学が開発した熱侵入を防ぐ技術を使うことで、短距離・大電流でも超伝導直流送電が有効に使えるという。

送電ロスが限りなくゼロの送電網で、世界はどう変わるのか?

超伝導直流送電はまだ開発途上の技術だが、実用化されるとどのような影響を社会に与えることになるのだろうか。

まず、系統電力に導入されることで、送電ロスを減らすことができるようになる。従来の架空線まで含めてすべてを超伝導ケーブルに置き換えるのは現実的ではないだろうが、地中線を新たに敷設するケースでは投資を抑えつつ送電効率を上げられる。特に、太陽光発電や風力発電は直流であるため、分散型の自然再生可能エネルギーを大規模に系統電力へ取り込む上では欠かせない技術になってくるはずだ。

ロスを抑えて長距離送電ができるようになれば、人口密集地に全国各地から送電することも可能になる。大災害の際にも遠く離れた地域から被災地に送電できるため、迅速に電源を復旧できる。

そして、効率化された系統電力網の先に、山口教授らが目指すのは地球規模の電力網である。

例えば、サハリンの原油を日本に運ぶことを考えた場合、パイプラインで輸送するのに比べ、超伝導直流送電であればエネルギーの輸送損失は1/20で済むという。パイプラインは30インチの太さになるが、超伝導直流送電のケーブルは7インチ程度。人が歩ける幅があれば敷設できるため、自然破壊も極力抑えることができる。

ヨーロッパと日本のように、大きな時差がある地域を送電網で結ぶことができれば、大規模なエネルギー融通が可能になる。夜間の余剰電力を揚水発電などに蓄えることなく、昼間の地域へ送電。12時間後には、逆方向に送電するわけだ。時差を利用して電力を売買することで、送電会社は利益を上げられるので、これを送電網の建設費に当たることができるかもしれない。

時差のある国を超伝導直流送電網で結ぶことにより、電力の融通が可能になる。
[図表2] 時差のある国を超伝導直流送電網で結ぶことにより、電力の融通が可能になる。

そして世界規模の送電網は、安全保障のあり方を変える。安全保障というと、自国のエネルギー自給率を高めようという議論が必ず起こるものだ。だが、エネルギーが自給できれば国家間の争いが少なくなるという保証はない。ロシアはウクライナに対して、パイプラインで天然ガスを供給しているが、この供給や価格設定を巡って、両国間は何度も緊張状態になっている。だが、複数国間にまたがって、双方向に機能する送電網を止めることはできない。

冷戦時代、大陸間核弾頭ミサイルにはピースキーパー(平和維持者)という皮肉な名前が付けられた。グローバルな超伝導直流送電網は、真の意味でピースキーパーになる可能性を秘めている。

[ 脚注 ]

*1 揚水発電所
高低差のある二つの貯水池を利用して水力発電を行う発電所。余剰夜間電力を利用して汲み上げた水を電力消費量の多い昼間に放水して発電する。
*2 交流送電にはケーブルが三本必要
交流発電機はコイルを120度ずつずらして三つ配置し、三系統の電力を取り出すようになっているため、送電には三本のケーブルが必要になる。これを三相交流という。
*3 データセンター
各種のコンピュータ(メインフレーム、ミニコンピュータ、サーバ等)やデータ通信などの装置を設置・運用することに特化した施設の総称。
Writer

山路 達也(やまじ てつや)

ライター/エディター。IT、科学、環境分野で精力的に取材・執筆活動を行っている。

著書に『日本発!世界を変えるエコ技術』、『マグネシウム文明論』(共著)、『弾言』(共著)などがある。

Twitterアカウント: @Tats_y

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