No.012 特集:にっぽんの自然エネルギー
連載01 スマート農業が世界と暮らしを変える
Series Report

第2回
群がる製造業の企業群と農業を支える新技術

 

  • 2016.11.30
  • 文/伊藤 元昭
群がる製造業の企業群と農業を支える新技術

「スマート農業」に秘められた無限の可能性を実証して見せたオランダに触発されて、世界中の国々で農業に新規参入する企業が急増している。日本もまた、例外ではない。ICT、家電、自動車、化学など、農業とは縁遠い分野の大企業が、続々と農業関連事業に着手し始めた。世界有数のものづくり大国である日本には、徹底した工程管理の下で高品質の工業製品を生産する、圧倒的な技術力がある。勘と経験に頼る技能の世界だった農業に、これらの企業は世界を制した技術力を注ぎ込んでいる。さらに、スマート農業をより高度なものへと進化させる新技術も数多く登場した。連載第2回の今回は、スマート農業に新規参入する製造業企業の動きと新しい技術の開発動向を、日本での取り組みを中心に紹介する。

農業は生きていくために欠かせない「食」を支える大切な産業である。しかし、典型的な3K(きつい、危険、汚い)職場で、大きな成長が望めず、天候や市況に収益が大きく左右される。これまでの農業には、こうしたイメージがつきまとっていた。ところが、オランダが先鞭をつけたスマート農業の力が知られるようになった今、そのイメージは180度変わっている。成長と安定、高収益が望める期待感に満ちた産業とみなされ、世界中の名だたる大企業が大挙して新規参入し始めたのだ。

スマート農業では、これまでの農業とは異なり、ICT、センサー、ロボットといった最新技術が大きな武器になる。加えて、工業製品の生産では当たり前となっている、データを基にした徹底した生産管理がその成功の鍵を握る。製造に携わる企業の目には、自社の強みを発揮できる期待の新事業と映っているのだ。各社とも、手持ちの技術を農業に応用するだけではなく、農業での利用を前提とした新技術の開発にも積極的に乗り出している。

経営・流通などの業務からICTが農業に導入

農業への製造業企業の参入は、ICT企業による「農業クラウド」と呼ばれるサービスの提供から始まった。農業クラウドとは、農業にかかわる一連の活動を支援するクラウドサービスである。農場経営、農作物の生産、収穫した農作物の流通・販売管理といった、農業の現場から消費者に届くまでの活動のうち、データを扱うことが多い業務を支援するものだ。富士通の「食・農クラウド Akisai(秋彩)」やセールスフォース・ドットコムの「Salesforce」などが、農業での活用実績が多いクラウドサービスである。

日本には農業法人が約1万5000ある。しかし、その大半は従業員が数名から十数名の零細企業である。データを扱う業務にICTを活用することのメリットがあるのは明らかだが、従業員の少ない企業にとってはシステム導入のコスト負担が大きい。クラウドサービスは利用者が使用したい機能だけを提供できるため、予算に応じたサービスを活用することが促進される。このため、年々、利用する農業法人や個人農家が増えているのだ。

サービスの内容は、大きく二種類に分けられる。1つは、作業の効率や利便性を高めるもの。業務記録を簡単に参照できるようにしたり、農場をウェブカメラで遠隔管理したりするサービスがこれに当たる。こちらのサービスは、農業の専門的な知識を深めたものではない。

もう1つは、蓄積したデータを用いて提供する、付加価値の高い業務支援サービスである。生産に向けては、過去の統計データを用いて天候や収量などの予測を立て、業務計画を見直したり、勘と経験に基づく農作業のノウハウをデータ化して、素人でもベテランと同じような高品質の農作物を生産できるようにしたりする。また、経営に向けては、高値で販売できる農作物の検討や、非効率な業務の見直しを支援し、販売に向けては、市場動向の情報と連動し、農作物を高値で出荷できる卸売市場を見つけるといった支援を行う。こうしたサービスは、農業の専門的な知識を盛り込んだ、いわゆる「SaaS」*1と呼ばれるサービス形態で提供している。

農業にトヨタ生産方式を導入

当初、農業クラウドに参入する企業は、ICT業界の企業が中心だった。そこに新たな業界から参入してきたのがトヨタ自動車である。同社は、農業支援システム「豊作計画」を開発(図1)。自動車生産で培った生産管理や工程改善のノウハウを、稲作の作業管理や収益改善に生かすべく販売した。

トヨタ自動車の豊作計画の管理画面
[図1] トヨタ自動車の豊作計画の管理画面
出典:トヨタ自動車のプレスリリース

[ 脚注 ]

*1
SaaS: Software as a Serviceの略語で、「サース」と読む。クラウドサービスの提供形態の分類の1つであり、これまでパッケージ製品として販売されていたアプリケーションソフトを、インターネット経由で提供することを指す。ちなみに、アプリケーションソフトを動かすためのハードウェアやOSなど、ツール一式をネット経由で利用する形態を「PaaS(Platform as a Service:パース)」、情報システムの稼働に必要なサーバーなどの機材・ネットワークなど、インフラを提供する形態を「IaaS(Infrastructure as a Service:イァース)」と呼ぶ。

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