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レンズのないカメラは、ピンぼけもない

2013.8.19

レンズなしカメラによる映像。イメージセンサーは1ピクセルであるにもかかわらず、被写体の形や色が正確に撮影されている。

銀塩フィルムを使ったカメラからデジタルカメラへの移行は、大きな変化だったように見える。しかし、光を記録する媒体がフィルムかイメージセンサーかという違いはあるものの、レンズを通して被写体の像を焼き付けるという点からすると、19世紀から基本的な原理は変わっていない。
だが近年のエレクトロニクス技術の進歩は、従来とは大きく異なる原理の写真を可能にしつつある。例えば、ベンチャー企業のLytroが発売している「Lytro Light Field Camera」は、イメージセンサーの前面に小さなレンズの集合を置くことで、光の色や強度に加えて、光の方向も記録する。これによって、撮影した後からでも焦点距離を変更した画像を作り出せるようになった。
一方、米国ベル研究所のGang Huang博士らが開発中のカメラは、レンズすらも使わない。原理のベースになっているのは、"compressive sensing"(圧縮検知)という手法だ。現在用いられている光学的な観測手法では、レンズを使って広い範囲の光を一度に記録する。しかし、隣接している光同士はお互いに影響を及ぼし合っており、限られた光しか観測しなくても、うまく相互作用を計算すれば、従来と同等のデータを再構成できる———というのがcompressive sensingの基本的な考え方だ。それでは、どのように光を観測して、そこからどうデータを再構成するのか。

ベル研究所が試作したレンズなしカメラは、液晶パネルとイメージセンサーの2つの要素で構成される。上図は、左側に置かれた本を撮影している様子を示している。ここで液晶パネルは絞りの集合として機能しており、パネル上の各絞りが開閉して、光の透過/不透過を行う。この絞りの開閉はランダムに行われ、1つの絞りが開いている時、他の絞りは閉じている。絞りを透過した光は、装置右側に描かれたイメージセンサーに入る。光のデータは絞りの位置などを元に相互の関連性が解析され、それを手がかりにして映像が再構成される仕組みだ。レンズを使わないため、原理的にピンぼけは起こらないメリットがあるが、膨大な数の絞りを切り替えて光を記録するため、撮影には従来の手法よりも時間がかかる。しかし、イメージセンサーは微細な絞りから入った光を記録するだけでよく、ほとんどピクセルを必要としないため、圧倒的な低コストを実現できる可能性もある。また、赤外線やミリ波など、可視光以外の周波数帯にでも同じ手法で撮影できるという。

(文/山路達也)

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