No.025 特集:テクノロジーの進化がスポーツに変⾰をもたらす。

No.025

特集:テクノロジーの進化がスポーツに変⾰をもたらす。

Visiting Laboratories研究室紹介

生物をまねて高速泳法を創出、バレーボールの最適なボールも実現
 ~ 流体力学をスポーツに応用

2021.2.19

工学院大学 工学部機械工学科 スポーツ流体研究室

工学院大学 工学部機械工学科 スポーツ流体研究室

空気や水の流れを数学的に解く流体力学。機械系で数学を扱うことが好きだったという伊藤慎一郎教授は、機械システムの効率を上げるために流体力学を駆使してきたが、スクリューのプロペラ形状を改良しても効率は2〜3%しか上がらなかった。そこで、機械システムの改良から生物へと研究対象を変えた。空を飛ぶ鳥や水中を泳ぐ魚などに目を移すと、わからないことばかりで、いつしか生物を取り巻く流体力学にのめり込むようになっていった。特に生物の泳ぎ方から多くを学び、その結果をスポーツに活かすようになった。流体力学を切り口に伊藤教授は、研究が実践につながる面白さを学生に伝えていく。

(文/津田 建二 撮影/太田 篤志〈アマナ〉)

第 1 部:工学院大学 工学部機械工学科 スポーツ流体研究室 教授伊藤 慎一郎

伊藤 慎一郎教授

生物の泳ぎ方から道が開けた

Telescope Magazine(以下TM) ── 流体力学は、流れの運動方程式を解いて流れる様子を可視化する学問ですが、流体力学に興味を持つようになった経緯を教えてください。

伊藤 ── 元々数学が好きだったからです。東京大学の機械工学科に進学していたため、数学を駆使する分野として流体力学を選びました。卒業研究も流体力学の研究室でした。修士課程まで進んだ後、日産自動車に就職し、座間工場の塗装課に配属されましたが、1年で自分には向かないと考え、博士課程に入り直しました。博士課程を終えた頃はスクリューの効率を2〜3%上げる研究・開発をしていましたが、こうした研究は重箱の隅をつつくようなレベルの話である気がして、一度、流体力学に興味を失いかけました。

伊藤 ── そこで、改めて自分の好きなことをしようと中学・高校時代を思い返してみると、自分は生き物が好きだから、生き物の流体力学に取り組んでみようと思うようになりました。1997年の頃です。最初はペンギンやホタテ貝の泳ぎ方から始めました。鳥の飛び方や魚の泳ぎ方の研究は、ブルーオーシャンで、わからないことだらけでした。これは面白いと思い、生物の流体力学にのめり込むようになりました。

生物の流体力学を研究してみると同好の士というべき仲間ができたので、研究会を立ち上げました。さらに2013年には、エアロ・アクアバイオメカニズム学会を創設し、初代の学会長になりました。生き物の泳ぎ方や、生き物に関する流体力学を研究する学会です。

こう話すと生き物の流体力学の研究に舵を切ってからは、とんとん拍子に展望が開けたように思えるでしょうが、最初の頃は全く思うようにいきませんでした。東大の博士課程を修了した後に防衛大学の教師になり、最初はペンギンやホタテ貝の泳ぎ方を研究していましたが、そのような研究は遊びだと言われました。また、潜水艦の研究をやってほしいとも言われたのですが断ったため、孤立してしまいました。それでも私は生き物の泳ぎ方を研究し続けました。

伊藤 ── そのような中、「所さんの目がテン」というテレビ番組のプロデューサーから、「スッポンとカメの違いを教えてほしい」という取材を受けました。泳ぎの違いや形態の違いなどを述べたのですが、スッポンとカメをいただいたので、カメサイズの回流水槽という流水水槽を使って、両者の泳ぎ方を研究してみました。そうすると、スッポンとカメは形態こそ違いますが、解析してみると泳ぎ方の本質は同じであることがわかりました。また、人間は「歩く」と「走る」という動きをしますが、スッポンたちの泳ぎ方にも「歩くというレベルの泳ぎ方」と「走るというレベルの泳ぎ方」がありました。歩くレベルの泳ぎ方は最小エネルギーの動きで、走るレベルの泳ぎ方は最大速度での動き方です。これはスッポンたちの泳ぎ方を数式で表わして解析した結果、わかったことなのです。

伊藤 ── その後、防衛大学の水泳の先生と学内委員会で知り合ったので、スッポンの泳ぎ方の解明から得た数式を人間の水泳のフォームに当てはめてみたところ、スッポンと同じように、歩くレベルの泳ぎ方と走るレベルの泳ぎ方があることを見つけました。さらに、これまでの人間の泳ぎ方は歩くレベルの泳ぎ方であり、走るレベルの泳ぎ方になっていないことに気がつきました。唯一、イアン・ソープ選手が走るレベルの泳ぎ方に近く、彼は2000年のシドニー大会などオリンピックで5つの金メダルを取るなど活躍しました。そして彼の成績こそが走るレベルの泳ぎ方があるという、私の理論の正しさを証明してくれました。この理論を4年に一度開催される水泳の国際会議で2002年に発表し、日本人初の最優秀賞をいただきました。

伊藤 ── スッポンやカメを研究していた当時は誰も興味を持たなかったのに、これが人間にも当てはまるとなると、がぜん注目が集まりました。テレビ番組でも紹介されるようになり、スッポン泳法の名前がつくと、日本の水泳界でも私の理論を取り入れるようになって、2004年、2008年の北京オリンピックで日本の選手が採用してくれたのです。これをきっかけにして、スポーツの流体力学を研究するようになりました。

Cross Talk

心のスポーツ、ゴルフはAIでどう進化するのか

心のスポーツ、ゴルフはAIでどう進化するのか

前編 後編

Visiting Laboratories

工学院大学 工学部機械工学科 スポーツ流体研究室

生物をまねて高速泳法を創出、バレーボールの最適なボールも実現 ~ 流体力学をスポーツに応用

第1部 第2部

Series Report

連載01

ダウンサイジングが進む社会システムの新潮流

「発電所のダウンサイジング」で、エネルギーの効率的利用を可能に

第1回 第2回 第3回

連載02

アスリートを守り、より公平な判定を下すスポーツテクノロジー

「働くクルマのダウンサイジング」で農業と建設、物流に革新を

第1回 第2回 第3回

TELESCOPE Magazineから最新情報をお届けします。TwitterTWITTERFacebookFACEBOOK