No.002 人と技術はどうつながるのか?
Scientist Interview

アートとエンジニアリングの間から見る未来

2012.08.10

苗村健 (東京大学大学院 情報理工学系研究科 電子情報学専攻 准教授)

東京大学・本郷キャンパスの工学部棟にある苗村研究室。情報系と芸術系という2つの大学院に属するユニークな研究からは、どのような研究成果が生まれているのか。同研究室の公開展示「オープンハウス2012」におけるデモンストレーションを見学しながら、苗村准教授に解説していただこう。

(インタビュー・文/神吉弘邦 写真/MOTOKO)

"魔法のような技術"から
人の行為を誘発する研究へ

──苗村研究室が取り組まれている研究を数年にわたって拝見すると、画像処理解析の応用を基礎として、アート志向のある院生の加入でメディアアートの分野にもつながっていきましたね。

アート性を備えた研究と言えば、2003年に、修士課程に在籍していた筧(かけひ)康明君*1が(2005年に東大総長賞を受賞)の研究テーマであった「Lumisight Table」がきっかけかもしれません。これはテーブルで4人が対面したとき、4人のどこからでも見やすくレイアウトされた情報が得られる、共有型のテーブルシステムです。

Lumisight Tableにおける情報の見え方のイメージ
[写真] Lumisight Tableにおける情報の見え方

コンピューターが持っている情報を人間に対して出していくときは、普通のディスプレイで見ているだけでは、様々な不便があります。

4人で四角い机を囲んでミーティングをするとき、真ん中にディスプレイがあったとしましょう。例えば、みんなで地図を見るようなシーンでは、自然と4人が1カ所に集まってしまいます。それは文字がある方向からしか読めないから。紙だったらしょうがないけど、せっかくコンピューターを使っているのなら、それぞれ人の方向に文字を向けてあげればいいのではないか。実現したいことは、そうした新しい体験でした。

物理的には1つでも、見る場所によって見え方を変えるという技術自体は、それまで3Dディスプレイの研究で取り組まれてきたことです。

──この装置ではハーフミラーを使っているのですか?

いえ、もっと細密な構造で、ある1方向の光だけを透過する「Lumisty」というフィルムを使っています。物理世界でうまく光の振る舞いをさばいてあげるだけで、1人でPCの画面を見るのではなく、4人で共有できる新たな情報の出し方ができる、という提案でした。

物理世界と情報世界を上手に組み合わせるデザイン的な発想ですが、これを応用したインタラクティブな卓上映像シアターのシステムが、翌年に発表した「Tablescape Plus」*2でした。

人体の3次元計測データをユーザーの好きな位置で輪切りにして見せられる実用的なシステムの研究でもありますが、やはり「これはいったい何だ?」という反響が圧倒的でした。

[映像] Tablescape Plus

──見せ方も上手なので、情報世界と現実世界の融合が、本当に"魔法"を見ているようです。原理を知ってしまえば「様々な既存技術を組み合わせた新しい表現方法」ですが、研究者に与えたインパクトも大きかったと推測します。

いまや苗村研ではあまり使わない表現ですが「充分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」*3ということでしょう。

山ほどの機器を身に着けて「これが最先端技術だ!」と自慢しても、それは電子的に武装しただけ。僕たちはそうした機器が見えないのに類似の体験ができることを大事にしていました。

ただ、近年になって製品で実現されたUI(ユーザーインターフェース)は、それこそ"魔法のようなもの"であることが当たり前になっています。研究者にとっては、挑戦のしがいがある面白い時代になったと思いますね。

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