No.006 ”データでデザインする社会”
Scientist Interview

ビッグデータがもたらしたものとは?

──現在、企業で行われているビッグデータ分析には、どんな問題があると思われますか?

担当者がITの専門家であってもデータ分析の専門家ではなかったり、統計学やデータマイニングを研究していた人でも実データの分析経験がなかったりすることはよくあります。データ分析を行って価値を生み出すには、実際のデータを分析する力が必要です。

その点、自分の研究で統計学をツールとして使いこなしている応用研究者は強いですよ。企業におけるデータ分析を行うのに理想的な人は、私のような公衆衛生学の研究者より、経営の実データを使って研究を行っている経営学者ではないかと思います。ただ日本には、第一線の研究者が企業の仕事をする文化があまりないため、そうしたケースはごく限られています。

今後、心理学や社会学など様々な分野でデータ分析を行ってきた研究者がビジネスを学べば、企業にとって大きな戦力になるでしょう。研究者は自分の専門分野に通じているだけではなく、異分野から知識を仕入れて応用することのプロでもありますから。

データ分析には、仮説を立てるセンスが重要とか、経験や勘が必要という人がいますが、とんでもない話です。100年前から、科学者はデータを分析して研究を重ね、さまざまな発見をしてきました。例えば、人事関係のデータを分析する場合も、少し論文を調べれば、人間のタイプから職業適性を明らかにした先行研究が見つかって分析に使えるかもしれません。そうした先行研究に通じた上でデータを分析すれば、たんに今あるデータだけを見る以上の価値ある発見をできるようになるはずです。

サイエンスの本質とは、いかにして先人の、巨人の肩に乗り、遠くを見るかということにあります。すでに先人によって明らかにされていること/まだされていないことをきちんと整理した上で、自分の考えを少しずつ乗せていくのがサイエンスなのです。

──それでは、ビッグデータの本質とは何なのでしょう?

統計学の手法を使えば、2万もサンプル数があれば十分な分析を行うことができます。何十億ものビッグデータは、その中に含まれる全体的な傾向や特徴を見ようとする限りあまり意味がありません。

膨大なデータを扱えるようになったということより、ITの発達で研究と実社会のギャップが縮まったことに意味があるのではないでしょうか。かつては、何千という規模のデータを扱えるのは限られた研究者だけでした。しかし今なら、昨日発表されたばかりの論文の内容を、パソコンを使って今実証することもできます。世界中で発表される研究成果を、自分の会社でも成り立つか検証し、何らかの施策を取れる。それは非常に大きな時代の変化だと思います。

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