No.004 宇宙へ飛び立つ民間先端技術 ”民営化する宇宙開発”
Scientist Interview

月面は過酷な環境、ローバー開発の問題点は?

──月面ローバーの開発で技術的に難しい点は何ですか?

まずは温度の問題ですね。月は、2週間の昼の後に2週間の夜が続く、かなり特殊な環境です。昼間は灼熱、夜間は極寒の世界になりますので、温度管理、熱制御がキーになるでしょう。

ところが我々のローバーは非常に小さい。すると熱容量も小さいので、熱しやすく冷めやすい。熱対策としてできることには限度がありますので、なるべく月面の"朝"のうちに着陸して、熱くなる"お昼"までに500mを走りきるという、運用で乗り切る方針です。500m走るだけなら、1日あれば十分です。夜になると、バッテリが冷え切ってしまいますので、越夜はほぼ無理だと思っています。

もう1つは通信の問題です。月は常に、地球に同じ面を向けています。つまり、月面からはいつも同じ方向に地球が見えるわけで、そういう意味で通信はやりやすいのですが、ローバーは小型なので出力が足らず、直接通信することは難しい。ランダーを経由することで、地球からのコマンド(命令)を受信したり、撮影した画像データを送信することを考えています。

現在、ムーンレイカーでは無線LANを使って通信していますが、500mも離れてしまうとまず届きません。もっと近くても、実際に屋外のフィールドで試してみると、岩陰に入ったりすると、すぐに切れてしまいます。しかし、そういう場所でも、携帯電話なら通じる。ランダーを基地局にして、携帯電話の周波数や電子部品を使えば通信も可能でしょう。もし通信系の企業にスポンサーになってもらえたら、大変助かりますね。

──月面は放射線も強いですが、何か対策は。

大型衛星であれば、放射線環境でも壊れにくい宇宙用部品を多用するところですが、宇宙用部品は非常に高価なので、こればかり使っていては開発費がかさんでしまいます。コストを抑えるために、どうしても必要な場所以外は、なるべく民生品を活用する方針です。

ただ、そのまま使うだけでは駄目で、放射線テストによる選別など、工夫が必要です。これは超小型衛星でもやってきたことですが、何をどう試験したら良いのか、我々は経験を持っています。一般の人からすると、宇宙では最先端で特殊なことをしないといけないと思われるかもしれませんが、そうじゃなくて、日常的に使っている技術の組み合わせでもできる。そういうことを示すことも重要です。

東北大学が開発した超小型衛星「雷神」の写真
[写真] 東北大学が開発した超小型衛星「雷神」。ローバー開発には、超小型衛星の技術や経験が生かされている。

──WLSの開発体制はどうなっていますか。

私の研究室は仙台にありますが、WLSは人の集まりやすさも考えて、東京に拠点があります。基本的には、大学とベンチャーの産学連携のようなスタイルを踏襲していて、東北大学の研究成果をWLSに移転し、月面ローバーのフライトモデル(本番で使う機体)は東京側で開発することになります。今メンバーがどんどん増えていまして、私や研究室のスタッフが技術指導しているところです。

──他チームの動向も気になりますね。

有力なのは、まずは米国のアストロボティックですね。先日、米国で話をしてきましたが、彼らは月面探査の長期計画を持っていて、その初めの一歩として、GLXPを位置付けているようです。

アストロボティックのピラミッド型ローバー「Red Rover」の写真
[写真] アストロボティックのピラミッド型ローバー「Red Rover」。最有力チームの1つだ (C:Astrobotic)

まだ着陸地点は発表されていませんが、彼らが狙っている候補は2カ所あって、1つは月の極域。ここの永久日陰には大量の水が氷の状態で蓄えられている可能性があります。人類が月面に長期滞在する場合、水資源は不可欠ですので、発見が非常に期待されています。

もう1つは、先ほども述べた縦穴です。これはもともと、日本の月探査機「かぐや」が発見したものなのですが、その後、NASAの探査機で詳細に調べたら、月面にたくさんあることが分かりました。放射線から人体を守るために、地下に居住施設を作るのは有力な方法です。縦穴はその建設に利用できる可能性があります。

これらはまさしく、GLXPだけの目的ではありません。何十年先になるか分かりませんが、人類の長期滞在を見据えたシナリオの第一歩となるものです。今回GLXPでは、実際に氷を掘ったり穴に降りたりするわけではありませんが、穴の近くに行って撮影するだけでも、ものすごく科学的な価値が高い。今までアポロで見たような地形とは全く違うでしょうね。

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