No.010 特集:2020年の通信・インフラ
Cross Talk

人体の能力を補完する技術から、拡張する技術へ。

 

坂村 ── 僕はSFを読むのが好きなんですが『攻殻機動隊*4』ってご存じですか?

為末 ── ええ、知っています。

坂村 ── 今だと「パワードスーツ」と呼ぶような、ああいう人間の身体をサポートするような仕掛けはコンピュータだけではできないから、機械と人体が融合するメカトロニクス*5の技術がいま進んでいるんです。将来、SFのように人体と見分けがつかないスーツができてもおかしくないんですよ。

為末 ── 道具を使う野球などのスポーツが顕著ですが、トップ選手になると、バットの先で当たっているものの形状がある程度分かったりするんです。自分の手が伸びたような状態で、道具の先の感触のフィードバックをもらって、それを人間が理解できる。

そのことを義足に拡大解釈してイメージすることができます。今の義足は、脚のサイズと同じ長さです。それを2倍の大きさにすると、100mを8秒台で走れる世界が来ると思うんですよね。

坂村 ── そうなればすごい。パラリンピックに出ているアスリートは、どうすれば早く跳べるのか、早く走れるのかということに関して、頭の中はオリンピック選手と同等か、それ以上の能力があるかもしれませんよ。今後、インターフェースの手足を補うような装置を付けることによって、本来以上のパワーが出ることもあるでしょう。

今、コンピュータの世界にはブレイン・マシン・インターフェースというものがあります。

為末 ── 頭に着けて操作するものですね。

坂村 ── そうです、脳と直結させて操作します。手足のインターフェースが自由に動かせる人でも、頭の中で理屈は分かっているのに、なかなか早く走ったり、遠くへ跳べない人がたくさんいるわけですよね。ピアノなんかも同じだと思います。どう弾いたらいいか理論は分かっていても、手が動かないことがあるでしょう。脳と手足の繋がり具合が原因で、うまく動く人と動かない人の差が出るんでしょうね。

為末 ── 脳から出てくる電波を詳細に拾って、それを手の方に直接繋げたら、スポーツや音楽の習得が早くなるようなことはあり得るんですか?

坂村 ── 現在はそういった研究があります。強制的に動かしちゃう。ある電気信号を加えると、手がピッと上がったりするのと同じようなことです。それがいい気持ちかどうかは分かりませんが。

為末 ── 今は人体の能力の補完の領域をパラリンピックでやっていますが、今度は拡張の方にまで入っていく。それが健常者のスポーツにも入ってきたら、面白い世界になるでしょうね。

コンピュータが現実の世界を認識しだした。

 

坂村 ── スポーツもどんどんサイエンスの分野に近づいているんですね。

為末 ── 僕は素人ですが、ベンジャミン・リベット*6の本を最初に読んでから、認知心理学に関心があります。スポーツの現場は、古典的な概念では「身体を全て自分の脳でコントロールしている」と言われていました。それが最近になって、どうも逆だということになってきています。つまり、先に身体が反射で動いたものを、意識が後から追いかけている。それをひっくり返そうとすると"滞り"が起き、卓球などの競技では球を見逃したりするという理論です。自分の意識をどのぐらいハッキリ出すべきかに、いま注目が集まっています。

僕たちは身体で学習するということと、自分の頭で意識したり動かそうと思うこととのコンフリクト(葛藤)を常に感じながら競技をやっていました。昔はかなり意識して学習と言っていましたが、もしかしたら、今後は、先ほど話にあがった電気刺激などで身体へ学習させ、その後に意識の領域が理解すればいいことになり得ると思っています。それがドーピングみたいな領域に入ってくる話なのかどうかは分からないんですけど(笑)。

坂村 ── 実際に私たち人間が住んでいるのは現実の世界ですが、頭の中はどちらかというとバーチャルな世界です。夢を見るにしても、考えるにしても、現実の世界と分離しているときがある。そんな頭の中の世界が、時おり外の世界と繋がって、現実を認識しています。

コンピュータの最先端の分野では、ネットの中で頭の中の世界に相当するようなところがあって、そこと現実の世界をどうやって繋げるかがテーマになっているんです。それを「コンテキスト・アウェア」と呼んでいますが、現実世界をまず認識して、その認識したものをコンピュータの世界に伝えるということなんです。

為末 ── センシングによって繋げるイメージですね。

坂村 ── そう、センシングのための手段がセンサなんです。この部屋の温度が何度なのか、コンピュータは教えてあげないと分からない。それがICTによって、コミュニケーションのところでネットで繋がるようになりました。温度や湿度など、現実の空間のデータをクラウドのコンピュータの中に伝えると、そういう空間のモデルがつくられ、この部屋がどういう温度分布になっているのか、人が何人いるのか、だんだん理解してくるわけです。それがコンピュータの中に入っている様々な知識と結び付くことで、いろいろなことができるようになるんですね。

為末 ── 指で得た感触が脳と繋がって認識しながら、僕らはいろんな判断をしていく。この指にあたるものがセンサなんですね。

坂村 ── そういう風になってきているのを、IoT、Internet of Thingsと言うようになりました。以前のコンピュータのネットワークは、電子メールのように人と人とを繋げる道具だったたんですね。しかし、最近はモノが直接インターネットと繋がるようになったので、コンピュータが空間の認識をできるようになりました。

すると、どういうことが起こるか。ICTの基本は省力化ですから、例えば在庫管理のような仕事で、人が必要なくなるわけですよ。例えば、この部屋に今、何個イスがあるのか。

為末 ── コンピュータが認識すればいい。

坂村 ── そう。イス全部にセンサや電子タグを付けて、そのデータを電波で送る。誰も数えなくても、この部屋にイスが何個あるのかとか、段ボール箱でも同じで何個あるのかなど正確に把握できます。私の研究ではそういうことをやっているんです。この箱は1回置いてから、「もう1年半も動いてない、誰も触っていませんよ」という事実が分かるようになったら、期末の在庫検査をする必要がなくなるわけですよね。それがコンピュータが状況や現実を理解するということです。

為末 ── 最先端の回転寿司って、廻っているネタがいま何周目なのか把握できるみたいですね。あれのすごいバージョンみたいな印象です。

坂村 ── 回転寿司のお皿に電子タグが付いているので、何皿食べたかも瞬時に分かるんですね。それをどう使うかはコンピュータのプログラム側の話なんですが、それを過去のデータと結び付けたりできますね。

為末 ── どうも雨が降るとトロが出やすいと分かったら多めに用意するとか、外部要因とくっ付けて考えられる。

坂村 ── そうそう。過去のデータベースと、それから今の状況とをあわせて認識することで、面白いことが分かることもあります。それを流行りの言葉で言うと、ビッグデータ解析になります。

為末 ── 今日はためになる授業を受けているようです(笑)。

[ 脚注 ]

*4
攻殻機動隊: 士郎正宗による漫画作品。英語タイトルは「GHOST IN THE SHELL」。押井 守監督の劇場アニメ版、神山健治監督によるTVアニメ版な度でも知られ、国内外に幅広いファンを持つ。
*5
メカトロニクス: メカニクスとエレクトロニクスを組み合わせた和製英語。機械工学、電気工学、電子工学、情報工学の知識・技術を融合させた、学問・技術分野を指す。
*6
ベンジャミン・リベット(1916年-2007年): 米国の生理学者、医師。自発的な筋運動の際に観測される準備電位の研究で知られた。著書に『マインド・タイム 脳と意識の時間』がある。tamesue.jp「誰が私を動かしているのか」(http://tamesue.jp/blog/archives/think/20150503

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