No.009 特集:日本の宇宙開発
連載02 生活と社会活動を一変させる、センサ革命
Series Report

手術中の執刀医が患者情報を自由に閲覧

「何だ、ゲームの話か」と感じた人もいるかもしれない。しかし、応用はこれだけではない。Kinectで実現した、人の動きと仮想空間を境目なくつなげる新しいユーザーインターフェースは、ゲーム以外の分野にも革新をもたらしている。

例えば、スペインの電子システムメーカーであるTEDESYS 社は、 Kinect の技術を応用して、病院の手術室で、執刀医がMRI(磁気共鳴画像技術)やCT(コンピュータ断層撮像)のデータを自由に閲覧操作するためのシステムを開発。既に多くの病院で使われている。日本でもKinectベースの同様のシステムが、東京女子医大などで活用されている。手術中の執刀医は、患者のさまざまな情報を参照したいと思っても、滅菌グローブを着用しているため、閲覧用機器を自分では操作できない。助手に補助を頼むこともできるが、手術のリズムを乱し、集中力の低下を招く要因になっていた。TEDESYS 社のシステムは、執刀医自身が、ジェスチャーで簡単に必要な情報にアクセスできる画期的なものだ。

この他にも、Kinectは、商業施設の人流をふまえた店舗レイアウトの最適化、リハビリテーションの補助や工場などでの作業教育、介護・見守りなど、さまざまな場所で応用されている。キーボードやマウスを介してはできない、IT機器と人との深いかかわりを実現しているのだ。Microsoft社は、こうしたKinectの潜在的な可能性を引き出すため、システム開発キットを用意している。

お代は笑いの量に応じて

次に紹介するのは、笑った量に応じて代金をもらうという斬新な料金システムを導入した、バルセロナにあるコメディーを上演するTeatreneu劇場の事例である(図2)。前回紹介したオムロンの笑顔センサ「スマイルスキャン」と同様のシステムを使う。座席の前にタブレット端末を据え付けて、端末に内蔵したカメラで常に観客の様子を撮影して、笑顔の度合いを数値化して記録する。そして、観客には笑った分だけ料金を支払ってもらう仕組みだ。新しい料金体系を導入した代わりに、入場料を無料にして、気軽に劇場に足を運べるようにした。

「PAY-PER-LAUGH」と呼ばれるこのシステムの導入によって、遠のいていた客足が戻り、同劇場の売り上げは25%向上したという。このシステムは画期的であるとして、「2014年カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル」のモバイル部門で金賞を受賞した。ちなみに、同様のシステムは、笑いだけではなく、悲劇を上演する劇場で、泣き顔を検知するのにも応用できるという。

笑った量に応じて料金を払うTeatreneu劇場の「PAY-PER-LAUGH」の図
[図2] 笑った量に応じて料金を払うTeatreneu劇場の「PAY-PER-LAUGH」
出典:http://vimeo.com/97413457

Teatreneu劇場の事例を一般化して考えると、センサを使って商品やサービスの成果を計測し、成果に応じた課金をするビジネスモデルを導入した事例であるといえる。現在の多くのビジネスでは、商品やサービスが成果を挙げる前に課金することが多かった。ユーザーは、商品やサービスに対する期待感にお金を払っていたのである。しかし、期待していた映画を見て、ガッカリしたとしても、代金は返ってこない。電化製品や自動車などの販売も、基本形は同様の図式に基づくビジネスモデルである。

センサを使って、消費者の利用状況や満足度をモニタリングできるようになると、こうした従来のビジネスモデルの基本形が大きく変わる可能性がある。期待感に対する課金から、成果に対する課金は、近年さまざまな分野でみられるようになったビジネストレンドである。もう一つ、事例を挙げよう。

フランス大手タイヤメーカーであるMichelin社は、運送会社向けに実際の走行距離に基づきタイヤのリース料金を請求するサービス型ビジネス「Tire as a Service」を展開している。サービス対象となるクルマにセンサを埋め込み、利用状況を収集分析して走行距離に応じて課金する。ユーザーは、タイヤの購入費を変動費化できるメリットがある。同時に、Michelin社は、得られた燃料消費量やタイヤの空気圧、気温、スピード、位置情報を分析し、燃料を節約できるサービスを提供している。タイヤ市場自体の規模は年間6兆~7兆円に過ぎない。しかし、運用コストを最適化するサービスやタイヤをリースするサービスは、輸送業界全体の市場規模である50兆円に切り込むことができる。

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