No.008 特集:次世代マテリアル
連載02 人々と社会の未来を支える半導体の応用事例集
Series Report

衝突回避システムは標準装備の方向に

2012年、欧州で販売される新車を評価する安全テスト「Euro N-CAP」に盛り込む、衝突回避システムに関する基準が公表された。ここで、レーダーを使った衝突回避システムの導入が、安全性評価の星の数を左右するようになった。2014年からは市街地走行中に作動するシステムの搭載が、2016年からは歩行者検出時に自動的に速度を落とす機能が基準に加わる。これらを搭載しない限り、Euro N-CAPでは最高位の5つ星は与えられない。つまり、衝突回避システムの搭載は自動車の販売を大きく左右する、事実上の標準装備になった。

ADAS用のレーダーには、対象物を検知するミリ波レーダーが使われる。ミリ波は直線的に進むという性質があるため、対象物に反射して戻ってくる電波を検出する。ここには、77GHzの信号を扱う高周波半導体デバイスが必要になる。具体的には、GaAsやSiGeなど化合物半導体をベースにした、高速動作が可能なデバイスが使われている。そして、検知した信号から自動車の周辺状況を判断する処理をするのが、DSP(積和演算専用のマイクロプロセッサ)やFPGA、マイコンである。

人間の感覚を超える眼を持ち始めた

カメラを使って周辺環境を把握するADASの開発・実用化も進んできた。ドライバーが視覚を中心に周辺状況を判断しているように、カメラから取り込んだ映像を使って、安全な走行を維持するためのさまざまな情報を得ている。歩行者や対向車、車線、障害物などを識別しながら、それぞれの位置や距離を測定し、それに応じて対処する。衝突回避システムにカメラを使う技術も既に実用化している。ステレオカメラを使って障害物を立体的に識別し、距離を測定することで、自動的にブレーキをかける富士重工業の「EyeSight」などが代表例だ。既に、時速180kmで壁に突っ込んでも、確実に止ることができるという(図4)。

ただし、暗闇や霧の中といった映像では判断しにくいところを走る時には機能しにくい。このため、レーダーやナイトビジョンと呼ばれる赤外線カメラなど、複数種類のセンサーを合わせて利用する方向に向かいそうだ。

既にバックモニターや縦列駐車の支援などにカメラを使うサラウンドビューモニターシステムは、お馴染みの存在になってきた。1台の自動車に、4台、5台と複数のカメラを搭載し、周辺環境を360度くまなく把握し、得られた画像を合成し、視点を真上に持ってきてグラフィックスとして示す。最近では、視点を自由に変えることもできるようになっている。

ステレオカメラによる周辺状況の立体認識の図
[図4] ステレオカメラによる周辺状況の立体認識
出典:東京工業大学 実吉啓ニ准教授のデータ

ADAS専用のイメージセンサーの登場が待たれる

現在のところ、ADAS専用に開発されたイメージセンサーというものがあるわけではない。デジタルカメラ用や監視カメラ用のイメージセンサーを転用している状況だ。感度の向上、画素数の増大、フレームレートの高速化を実現したADAS用のイメージセンサーの登場が待たれている。これによって、自動運転の時代が一気に近づくことだろう。

また、解像度やフレームレート(動画で単位時間あたりに処理されるフレーム・静止画像の数)の向上に対応するためは、画像処理性能の向上も必須になる。これを処理するマイクロプロセッサーには、さらなる高性能化が求められている。複数のプロセッサーを並列に演算処理するマルチコアのプロセッサーがリアルタイムOSと共に協調動作させている。マイクロプロセッサーではなく、専用の演算器ハードウエアで高速演算処理する場合にはFPGAを利用したアクセラレーターを使うこともある。画像認識のような高度な判断が必要な処理はマイクロプロセッサーでといった役割分担が検討されている。

半導体デバイスの存在感が増し、業界構造が変わってきた

今後ますます進化していく自動車の中で、半導体デバイスの存在感は高まるばかりだ。この点は、自動車メーカーがよく分かっている。自動車の価値に直結する部分の技術開発にタッチできるように、自動車の産業構造が少しずつ変化しつつある。

自動車業界、特に日本の自動車業界では、完成車メーカーを頂点として、電装システムなどを供給するティア1、部品を供給するティア2といったピラミッド型の階層構造を採っていた。この中で、半導体メーカーはティア2の位置にいた。ドイツなど欧州の自動車業界では、完成車メーカー、電装メーカー、半導体メーカーが並列な立場で、未来の自動車に向けた技術を共同開発する体制が整いつつある。その成果として、バイワイヤー化やADAS関連の技術開発などで、世界をリードできるようになった。

1台の自動車を開発するためには、5〜7年間を要する。そして、パワー半導体やイメージセンサーといった半導体デバイスの開発が、自動車の価値を左右するようになった。より価値の高い自動車を開発するには、コンセプト作りの段階から半導体メーカーが参加していくことが重要になる。次の第3回目は将来性が期待されているIoTとそれに使われる半導体を見ていく。

Writer

伊藤 元昭

株式会社エンライト 代表。
富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。

URL: http://www.enlight-inc.co.jp/

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