Expert Interviewエキスパートインタビュー
宇宙ビジネスには大きな可能性がある ──
動き出すなら今だ!
動き出すなら今だ!
2018.01.31

近年、著しい成長を続ける「宇宙ビジネス」。数年前まではアメリカ発のニュースが時折話題になる程度だったが、最近では日本でもいくつもの宇宙ベンチャー企業が立ち上がり、新聞やテレビで取り上げられることも増えてきた。
はたして宇宙ビジネスとはなにか。参入にはどんな可能性と障壁があるのか。そして私たちにどのような恩恵があるのか、はたまた、私たちが宇宙旅行へ行ける日は来るのか。
東京に拠点を置くベンチャーキャピタルのグローバル・ブレインで、宇宙ビジネスへの投資家として活躍する青木英剛さん。「宇宙エバンジェリスト」の肩書で宇宙の啓蒙活動も行っている青木さんに、宇宙ビジネスがもつ可能性と、現状、そして未来についてお話を伺った。
大企業の技術者から投資家、宇宙エバンジェリストへ
── 青木さんはどのような経緯で宇宙ビジネスにかかわられるようになったのですか。
私はもともとアメリカの大学と大学院で宇宙工学について学び、アメリカ航空宇宙局(NASA)と共同で研究も行っていました。卒業して日本に帰国した後は、人工衛星の仕事がしたいと思い、国内最大手の三菱電機に入社。宇宙ステーション補給機「こうのとり」など衛星の開発に携わりました。
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その後、2011年に三菱電機を辞め、ビジネススクールに通って宇宙ビジネスの研究を行い、経営学修士(MBA)を取得しました。そしてコンサルタントとして、さまざまな企業に宇宙ビジネスのコンサルを行い、いくつかのプロジェクトも実現させています。
時同じくして、日本でも宇宙ベンチャーがいくつか出てきたのですが、どこも非常に苦労していました。そこで、私の持つ技術者としての経験と、ビジネスの知見などをいかして、彼らを支援できないかと考えたんです。そして現在は、グローバル・ブレインで宇宙専門の投資を行っています。
こうした経緯から、私は日本で唯一の「宇宙業界出身のベンチャー・キャピタリスト」として、認めていただいています。
── 「宇宙エバンジェリスト」という素敵な肩書きは、どういった経緯で名乗られるようになったのですか。
コンサルタントをしていたころから、並行して宇宙ビジネスの啓蒙活動も行っていました。多くの人に宇宙を好きになってもらい、ビジネスにつなげていきたいと思い、保育園児から社会人までいろんな人を対象に、さまざまなところで講演をしたり、記事を書いたりしています。
IT業界には、こうした啓蒙活動をする人を指して「エバンジェリスト」(伝道者)という言葉があります。でも宇宙業界にはなかったので、いっそのこと自分がなってしまえと思い、「宇宙エバンジェリスト」と名乗るようになりました。
── 大企業の技術者から投資家へ、というのは、日本ではなかなか思い切った決断だったと思いますが、どのようなきっかけがあったのでしょうか。
三菱電機にいた2000年代後半は、日本の技術系メーカーがことごとく大赤字を出していました。エレクトロニクス産業ではすでに韓国や中国に売上を追い抜かれていました。
これからは技術力だけでは勝てないという思い、そしてそもそも日本の技術系メーカーの多くは、ものづくりにばかり注力しすぎていて、経営面が弱いと感じたことから、経営を学ばねばと思いました。
また、三菱電機にいたころに、オービタル・サイエンシズ社*1(以下オービタル)と共同で働いた経験も大きいです。
オービタルは今から30年前にハーバード大学卒の若者たちが立ち上げた、世界で初めての宇宙ベンチャーと呼べる企業です。このオービタルに、三菱電機から「こうのとり」の技術を販売、輸出することになりました。私たち技術者は会議室に缶詰にされて、オービタルやNASAの技術者たちから「こうのとり」について根掘り葉掘り聞かれ、侃侃諤々の議論をしました。
JAXAから受けた公共事業として「こうのとり」を開発した私たちとは違い、オービタルはなにごとにも積極的で、純粋にビジネスとして宇宙事業をやっているという感じを受けました。
また、NASAとオービタルとの関係も対等で、完全にパートナーという雰囲気でした。日本では、発注側と受注側だと発注側のほうが上で、受注側はぺこぺこするのが当然でした。しかしアメリカでは、受注側も言いたいことは言うし、できないことはできないと言う。彼らのビジネス観、仕事のスピード感、企業の成長の度合いに感銘を受けました。
こうした企業が日本でも生まれないものか、という思いもあり、三菱電機を辞め、経営の勉強をする決心をしたんです。
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宇宙ビジネスと他のビジネスの違い
── 宇宙ビジネスのコンサルタント、投資家として活躍される中で、宇宙ビジネスが他の業界と異なると感じられた部分や、宇宙ビジネスならではの特殊性、難しさなどはあるでしょうか。
まず、参入障壁が限りなく高い、ということがあります。
人工衛星もロケットも、宇宙に飛んで行ってしまえば、リバース・エンジニアリング(分解して真似をすること)ができません。他分野なら他社の製品を買ってくればいいのですが、宇宙分野では他社がどういう設計をしているのかがわからないわけです。だから宇宙技術についてわかっている人、企業しか参入できません。
また、宇宙ビジネスを起業するためには、多額の資金が必要です。IT分野なら、数千万から数億円といった少ない投資から始めることもできますが、宇宙業界はまず最初に数十億から100億円を超える資本がないと世界で勝てないというのが現状です。後述するワンウェブ社*2などは、まず1500億円を用意してようやく動き出せました。
さらに、リスクも非常に高いです。ロケットの打ち上げには失敗がつきものですが、1機失敗すると最大100億円近くが吹き飛びます。何回か失敗する覚悟と、それでも続けられる資金が必要です。
そして、成果が出るまでには、時間がかかります。イーロン・マスク氏が立ち上げた宇宙企業であるスペースX社*3も、2002年に設立されてから今の地位を築くまでには長い期間を要しました。宇宙ビジネスで成果を出すには長い時間がかかり、そしてその過程には失敗もつきものだということを、起業家も、そして投資家や支援する国も理解しておく必要があります。
一方、ソフトウェア技術を使ったビジネスの場合は、巨額な資本も必要としませんので、比較的参入障壁は低いと思いますし、今後、新規参入はどんどん増えてくると思います。
[ 脚注 ]
- *1
- オービタル・サイエンシズ(Orbital Sciences)社: 1982年に設立された、世界初の宇宙ベンチャーのひとつ。ハーバード大学の経営学修士(MBA)を取った若者たちが立ち上げた。当時、アメリカの宇宙企業といえばボーイングやロッキードといった大企業しかない中で、ロケットを空中発射することで、小型衛星を安価に宇宙に打ち上げるというアイディアを打ち出し、アメリカ航空宇宙局(NASA)から資金を獲得。その後も数多くのロケットや衛星の開発を手がけ、現在は大企業にまで成長した(2015年よりオービタルATKに改称)。
- *2
- ワンウェブ(OneWeb)社: 技術者・起業家のグレッグ・ワイラー氏によって、2012年に立ち上げられた企業。数千機の人工衛星を使い、全世界に高速インターネット通信サービスを提供することを目指している。2016年12月には、ソフトバンクグループが同社に10億ドルを出資することを発表し、大きな話題になった。
- *2
- スペースX(SpaceX)社: 実業家のイーロン・マスク氏によって、2002年に立ち上げられた宇宙企業。小型ロケットの開発に始まり、現在では大型ロケットの打ち上げを事業として展開。NASAや世界各国の衛星などを次々に打ち上げている。最大の特長はロケットが再使用できることで、これにより打ち上げコストの大幅な削減に挑んでいる。さらに月や火星への有人飛行や移住という壮大な構想も掲げ、すでにそのための巨大ロケットの開発も進んでいる。