No.019 特集:データ×テクノロジーの融合が生み出す未来

No.020

特集:データ×テクノロジーの融合が生み出す未来

Visiting Laboratories研究室紹介

生き物の進化から学び、科学技術の発展を加速する。

2019.5.31

東京工業大学 情報理工学院 小野研究室

東京工業大学 情報理工学院 小野研究室

決められた手順に沿って仕事を正確・迅速にこなすコンピュータは、人工知能(AI)へと進化し、過去のデータから問題解決の方法を自ら学べるようになった。しかし、どんなに優秀なAIでもデータがなければ解法を学べない。何が起きるか一切わからない環境の中で、事前データがないまま問題を解決する――そんなAIが手出しできない問題解決に挑む方法を研究しているのが、東京工業大学の小野 功准教授である。未解決問題への取り組みは研究者や技術者に課せられた責務。そんな研究者や技術者の仕事を一気に加速させる可能性を秘めるのが小野研究室の研究する「進化計算」である。今回は同研究室を訪ね、科学技術の新たな武器となる進化計算の魅力と学生とともに新たな道を拓く取り組みについて聞いた。

(インタビュー・文/伊藤 元昭 写真/黒滝千里〈アマナ〉)

第 1 部:東京工業大学 情報理工学院 情報工学系 准教授 小野 功

小野 功 准教授

前例のない問題に挑む手法を探求

Telescope Magazine(以下TM) ── 小野先生が研究されている「進化計算」とは、どのような問題解決手法なのでしょうか?

小野 ── 進化計算とは、生物の進化過程を模倣して、試行錯誤によって最適解を見つけるアルゴリズムです。何らかの問題を解く際、解を求めるための解法マニュアルがあれば、それに従って解くのが一番効率的でしょう。しかし、問題によっては先人が残した事例や手本が全くないものもあります。そうなると、試行錯誤してみるしかありません。環境の変化に対応して生存競争を生き抜いた生物の進化過程は、まさに「手本のない問題解決」の典型です。そこから学び、前例のない問題に取り組む手法として体系化しているのが進化計算の研究です。

[図1]生物の進化を模倣した人工知能技術
進化計算は、環境変化に対応して生き延びた生物の進化に学び、前例のない課題を解決するためにコンピュータが試行錯誤する手法
提供:東京工業大学 情報理工学院 小野研究室
生物の進化を模倣した人工知能技術

TM ── 暮らしや産業、社会の中には、進化計算で解くべきどのような問題があるのでしょうか?

小野 ── 身近な問題ではすでに進化計算が使われています。たとえば、N700系新幹線の先頭車両のノーズ形状の設計には進化計算が使われました[1]。新幹線のノーズ形状は、トンネルに突入する際に発生する騒音の軽減を求めて進化してきました。N700系以前には、設計者の経験を基に、世代が代わるたびにノーズを尖らせていきました。ところが、ノーズが尖り過ぎて、さらなる騒音低減を望むなら先頭車両に乗せる乗客を減らしたうえ、ホームに収まらないほど長くするしかないという状況になってしまったのです。一度「経験に基づく設計」から離れ、「事例や手本によらない設計」を考える必要が出てきました。

そこで進化計算の一種である遺伝的アルゴリズムを適用した結果、これまでとは異質な形状が設計解として見つかり、これまで以上の速度で運転しても大きな騒音が発生しないように設計できました。同様の手法は、国産旅客機MRJの翼の形状[2]やタイヤの形状[3]など、飛躍的な性能向上を求める機械設計の分野で使われています。

[写真1]N700系新幹線のノーズ形状は進化計算で設計されたもの
©photoAC
N700系新幹線のノーズ形状は進化計算で設計されたもの

TM ── 熟練の設計者が一番手間をかける、泥臭いが付加価値の高い部分を進化計算で自動設計できているのですね。しかも、専門家の発想を超えた高度な解が得られているのが驚きです。最近、専門家の発想を超える解を得る手法として、機械学習系の人工知能(AI)に注目が集まっていますが、先ほどのノーズの設計はAIでは解けないのでしょうか?

小野 ── エキスパートシステムと呼ばれた一定のルールに沿って問題を解くかつてのAIは、解法マニュアルそのものでした。だから知識の蓄積がないと問題が解けません。そして、現在広く活用されるようになった深層学習(ディープラーニング)をはじめとする機械学習系のAIは、解法マニュアルは不要ですが、過去の事例から得られたデータがないと解を探り出せません。いずれにしてもAIでは、解を求めるためにマニュアルかデータが必要になります。

一方の進化計算は、未知の環境に放り出されて、一定の仕事の成果を出さなければならないような状況に向いている手法です。必要なのはシミュレータなどのブラックボックスな環境と、そこで達成すべき目的です。進化計算はこうした状況下で失敗覚悟の試行錯誤を繰り返し、得られた結果が目的に沿っているのかを評価しながらより良い解を探求していきます。

機械学習の分野では、環境からの報酬を手がかりに行動戦略を学ぶ「強化学習」と呼ぶ手法があります。試行錯誤による結果を評価し、より良い解を求める点で進化計算と考え方は同じです。ただし、強化学習ではロボットやエージェントなどの行動学習に特化した定式化になっているため、これらの問題では進化計算よりも効率よく学習を進めることができます。一方、進化計算は、強化学習が対象としているタスクにも適用可能であり、より汎用性の高い問題解決手法になっています。

[図2]進化計算の使いどころ
データがある問題を解くのは機械学習系AIの得意分野。一方、データがない問題を解くのは進化計算の得意分野
提供:東京工業大学 情報理工学院 小野研究室
進化計算の使いどころ
[動画1] 進化計算による4足歩行ロボットの前進行動の自動獲得
提供:東京工業大学 情報理工学院 小野研究室

いかに試行錯誤を効率よく進めるか

TM ── 進化計算では、具体的にどのような手順でブラックボックス問題の解を求めるのでしょう?

小野 ── まず、評価値を求めるためのブラックボックスな環境を用意します。たとえば、新幹線のノーズ設計では、ノーズ周りにおける空気の流れなどを再現するシミュレータを用意します。そして、そこに勝手に設定した何種類かの解の候補を入れて環境で起きた現象を評価し、それが目的に合った良い解なのか悪い解なのかを評価します。そして、最も高い評価値を得た解を設計解とするのです。

ただし、このままでは単に試行錯誤しただけで終わってしまいます。むやみに解の候補をブラックボックスに入力したのでは、良い解を得るまでに時間がかかってしまいます。旅客機の翼の形状のような複雑な現象が関わるケースにおける解の評価は、シミュレータでひとつの解を評価するだけで一日がかりです。そのため、無駄な試行錯誤をすることなくより良い解を求める方法が求められます。ここが私たちの腕の見せ所です。

[図3]進化計算の枠組み
何の手がかりもないブラックボックスな問題に対して、なるべく無駄な試行錯誤をせず解決に導くことが重要
提供:東京工業大学 情報理工学院 小野研究室
生物の進化を模倣した人工知能技術
[1]
坂上啓:N700系新幹線電車とその省エネルギー効果について,精密工学会誌,Vol.76, No.1, pp.41-45 (2010).
[2]
大林 茂:多目的最適化とデータマイニング, 日本機械学会誌, Vol.109, No.1050 , pp.383-385 (2006).
[3]
小石正隆:進化計算による設計探査,日本ゴム協会誌,Vol.85, No.9, pp.289-295 (2012).
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