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イギリス・マンチェスター南部の小さな街、マクレルフィールド。ここには、マンチェスター大学の天文物理学センター「ジョドレルバンク天文台」がある。50年代に建てられたこの電波望遠鏡は、昨年、世界遺産に指定。この地は電波天文学で歴史的に重要な場所であるだけでなく、その同じ敷地内には、スクエア・キロメートル・アレイ(Square Kilometer Array。以下、SKA)の本部も建設されている。SKAは次世代の電波望遠鏡開発として、現在、世界的に注目を集めているプロジェクトであり団体名。新しい電波望遠鏡の完成後は、銀河の誕生やブラックホールの解明など、基礎科学への貢献が期待できるという。SKAの創設メンバーで、宇宙物理学では世界的権威のロバート・ブローン博士に話を聞く。
(インタビュー・文/中島 恭子 撮影/Hannah Lemon)
80年代は世界各地で巨大な天文台が建設された時代です。より高機能な新しい天文台を作るには、さらに巨大な天文台の建設が不可欠ですが、これまで以上に巨大で重量級の受信アンテナに耐えられる天文台を作ること自体が、技術的にも経済的にも不可能でした。
こうした中、1993年より、新たな方法を生み出そうと、私は世界各国の多岐にわたるサイエンティスト達を集めてリサーチを進めました。私の専門分野は、銀河から放出される中性水素の研究なのですが、この水素から放出される僅かな電波を観測することでさらに高機能な電波望遠鏡を作れないかと考えたのです。
その際、一つの巨大な受信アンテナに頼るのではなく、何百もの小型受信アンテナを広範囲の地域に間隔を広げて置くことで、より良い感度と解像度を可能にさせる方法に行き着きました。カメラを例にとると、レンズが大きければ大きいほど、感度が高いものです。すなわち、衛星受信アンテナが多ければ多いほど、天体観測の感度は良くなるわけです。また、解像度はカメラで言うところのズームのような役割ですが、この受信アンテナの間隔が広がっていればいるほど、ピントを合わせるのが簡単になる仕組みです。現在、ハッブル宇宙望遠鏡が光学望遠鏡では最高画質を誇っていますが、SKAが完成すれば、その50倍の高画質が期待できるのです。
SKAの正式名称である『スクエア・キロメートル・アレイ(Square Kilometer Array)』とは、世界中に置かれたSKAの衛星受信アンテナを一同に集めると、1平方キロメートルにも及ぶことを示しているのです。大概の場合、一つの巨大電波望遠鏡を開発すると、それでプロジェクトは終了してしまいます。しかしSKAでは、どんどんアンテナを足していくことで、より良い望遠鏡に改善することができます。このため、巷では、SKAは最もコスト効率が良い天文観測団体と言われています。
2月10日現在で、13カ国が公式に参加しています。SKA本部があるイギリス、衛星受信アンテナが建設されているオーストラリアと南アフリカというホスト3カ国に加えて、スウェーデン、オランダ、フランス、スペイン、ポルトガル、イタリア、ドイツ、カナダ、中国、インドです。これらは、各国の政府より公式に参加していますが、その他にも、世界中に広がるサイエンスやエンジニアリングのコミュニティが、非公式でありながら協力を表明しています。
今年から10年間で、受信アンテナの建設費や作動費を含めて約16億ユーロを予定しています。今年末までに、参加国それぞれの恩恵を考慮し、経済的負担を寄与という形で納めていただく予定です。
実は、イタリアのパドヴァと本部の座を巡って競った経緯があります。パドヴァ大学は、その昔、あのガリレオも講義したことで知られますからね(笑)。ただ、イギリスのケンブリッジ大学では、あのニュートンがいただけでなく、SKAのアイディアの元である干渉計(周波数を持つ波形を解析して、物理量を測定する装置)を発明しています。また、マンチェスター大学は電波宇宙学の分野で定評があるだけでなく、その誕生に多大に寄与した『ジョドレルバンク天文台』は、同大学の所有機関です。この美しい構造の衛星受信アンテナの電波望遠鏡は、昨年、世界遺産にも指定され、年間20万人もの人々がビジターセンターを訪れています。より多くの人びとが、このプロジェクトに関心を持ってもらいたいという願いを込めて、マンチェスター大学の敷地内であるジョドレルバンク天文台の横にSKA本部を建設させていただいたのです。
本部では、18国籍、約100名のスタッフが働いていて、シニアマネジメントやファイナンスが主な仕事です。SKAはグローバルな協力体制の元に誕生した団体のため、そのプロジェクトマネジメントは複雑です。本部では、各プロジェクトのコーディネーションのお手伝いをするだけでなく、メンバー全員の共通理解を深めるために積極的にカンファレンスも開催しています。
SKA設立のアイディア自体は、25年以上も前から存在していましたが、現在はフェーズ1の最終段階にいます。実現に向けて、サイエンティストとエンジニアが協力体制を強化している最中です。昨年末に全システムの最終確認書を提出し、受理されました。現在は、衛星アンテナの建設申請書を作成中という非常に重要な時に来ています。現段階では、SKAは2027年から2028年に完成予定となっています。ここで、フェーズ1は終了ですが、私たちには新たな野望があります。何百何千もの衛星受信アンテナを追加することで、さらにパワーアップした電波望遠鏡を作りたい。これこそがSKAのフェーズ2です。オーストラリア、南アフリカだけでなく、他のアフリカ諸国にも広げたい。現在、ナミビアにも衛星受信アンテナはありますが、未来的にはボツワナ、マダガスカル、ケニア、ガーナなどにもアンテナを建設したいと考えています。
まず、パラボラアンテナからご説明すると、これはSKA開設当初に考えられた調査用のアンテナですが、中周波アンテナで充分対応できるため、現在は全く開発していません。例えば、オーストラリアの『ASKAP*1』は、調査目的のアンテナとして、開発されました。位置づけに優れ、高速で画像を受信する優れたアンテナで知られていますが、現在、SKAの開発からは外れています。
現在、SKAのアンテナ開発は、中周波の「SKA1-mid」と、低周波の「SKA1-low」の2種類に移行しています。通常の電波望遠鏡は、特別な周波数に設定されていますが、SKAの電波望遠鏡では、15〜50ギガヘルツという非常に広範囲の周波を受信するため、二つのタイプのアンテナが必要となります。FMラジオの周波数が、大体、90〜100メガヘルツですから、SKAがいかに低周波に優れているかもお分かりいただけると思います。それ故、宇宙創生の初期の星の僅かなシグナルも、SKAの望遠鏡では捉えることが可能となるのです。
『MeerKAT』には、南アフリカが独自に開発した衛星アンテナ群が存在しますが、SKAのパートナーとなり技術統合が進められています。これが、先ほどご説明したSKA1-midですが、私たちは、便宜上、このアンテナを「ディッシュ」と呼んでいます。現在、64のディッシュがありますが、これを260まで増やす予定です。オーストラリアでは、SKAはマーチンソン電波天文台の協力のもと、SKA1-lowという独自のアンテナを開発しました。私たちは、その形状から「クリスマスツリー」という通称で呼んでいます。
ラジオ、携帯電話、WiFiといった文明から遠く離れていることが、一番の理由です。これらのノイズは、SKAの電波受信の妨げとなるためです。また、南半球からの観測が地理的に、銀河の中心部やブラックホールを捉えるのに最も適していることも要因の一つです。歴史的に、天文台が南半球に多く作られてきたのは、そういう理由なのです。
それは非常に良い質問ですね。両者は、中周波と低周波と周波数が異なり、個別に開発されましたが、科学的には多くの共通点がありますので、サイエンティストの半数は、どちらも研究に使いたいと考えています。ただ地理的に、両者は同時には使用できません。ですから、最初はオーストラリアから観測し、地球の回転とともに、南アフリカへと移っていきます。
SKAが作動すると、南アフリカ、オーストラリアの両方の電波望遠鏡は、各々、1秒間に約8テラバイトのデータを常に受信することになります。これは、通常の家庭用ブロードバンドの10万倍のスピードです。この量を1日24時間、毎日のように受信するとなると、全てのデータを保管することは不可能です。そこでコンピュータが、画像データのパターンを理解して、重要かどうかを判断し、必要なもののみを自ら保管する「マシンラーニング」を活用したソフトウエアを開発中です。
SKAでは、マシンラーニングを支持しています。なぜなら、コンピュータが完全なAIとして作動するには、まだまだ相当な時間がかかるからです。現在、データの判別及び保管作業をしていますが、この保管量は1年間に600ペタバイトを予想しています。
実は、CERNはSKAの重要なパートナーで、データの保管保有量を大幅にアップするスーパーコンピュータを共同で開発しているのです。
10〜50テラバイトという重い画像を、サイエンティストが手元のPCでダウンロードしようとすると、大学のような教育機関でも、その処理をするのは無理でしょう。だからこそ、CERNとSKAはスーパーコンピュータを共同開発し、重い画像を画像処理して扱いやすくする必要があるのです。
その通りです。SKAは、その特性から巷では「ソフトウエア・テレスコープ」とも呼ばれています。多くの学問領域をまたぎ、サイエンスのあり方を変えてきたと評価されているのです。一見すると、宇宙とは全く関係ない分野のコンピュータ関連の技術開発が、SKAのプロジェクトを通じて、どんどん発展していく。科学の発展と、技術の発展が切磋琢磨してお互いを高めあっているのが、SKAのユニークな特性なのです。
大概の理論は不完全であるため、時間経過とともに失敗に終わることが多いものです。そのような中、アインシュタインの理論は未だに改良さえされていません。それは、驚くべきことです。しかしながら、私たちが実験を続けていく中で、彼の相対性理論は不完全であることが分かってきました。アインシュタインの理論は、極めて高密度で知られるブラックホールや、原子のように非常に小さな物体を見る場合は、適応されないのです。
SKAから導かれた研究は、人が引力について知っていることと、知らないことのギャップを埋める存在になるはずです。例えば、銀河の中心にあると考えられているブラックホールの探索に努めることは、全宇宙を完全に理解することに、一歩近づきます。
サイエンティストには、理論追求型と、科学的事実からその理論の正当性を証明することで新たな理論を築くタイプの2種類に分かれますが、SKAは後者の存在であることをご理解していただけると思います。
銀河中に存在する星のような可視物質は、直接観測によって測定できますし、銀河の回転から、その総量も計算することができます。しかしながら、そこには重要な問題が抜け落ちています。銀河の総量は、可視物質の10倍以上だと考えられるのですが、実際には9割の物質が、私たちには見えていないということです。なぜ、このようなギャップが生じているのでしょうか? 最も簡単に説明すると、そこには何かがあるのですが、私たちにはその何かが見えないだけか、そこすらも見えない。これを「暗黒物質」と、天文学では呼びます。また、アインシュタインの理論に話が戻りますが、銀河のような広い空間の中で、星が高速で動く状態では、我々が理解しているような引力が働くかどうかも定かではないのです。
「ダークエネルギー」は、この「暗黒物質」上に存在する、また別の問題です。宇宙上には、その理論が予言するよりも、引力が弱い場所が存在するだけでなく、物質が分離するのを抑える引力に逆らって、得体の知れない力が働いている場所があるかもしれない。これが、「ダークエネルギー」の考えです。
「暗黒物質」そして「ダークエネルギー」は、観測が理論の先を行くケースであり、私たちに、自然の持つ驚きを与える好例です。SKAの望遠鏡を用いた観測により、新しい現象を予測できれば、より良い理論を創造することができるでしょう。
「宇宙の再電離時代」のテーマは私の研究テーマではありませんが、是非これについて、簡単に説明させて下さい。光は、ある一定の速度で進みます。すなわち、遠く離れた物体を見るということは、時代を遡って眺めているということなのです。太陽であれば、私たちが見ているのは、8分前の姿ですし、銀河の中心ともなると3万年も前のものとなるのです。
これが電波を用いると、138億年前のビッグバンから30万年後の「宇宙の晴れ上がり*3」にまで遡ることが出来ます。これは電波望遠鏡にしかできません。何故なら、この晴れ上がりから7億年以上もの間、全てのものは冷たく暗くなるため、可視光線は妨げられてしまうのですから。この時代こそ、「暗黒時代」です。この時代の終わりが近づくにつれて、次第に宇宙は暖められていき、最初の星や銀河が形成され、可視光線が通過できるようになりました。これを、私たちは、「宇宙の再電離時代」と呼んでいるのです。
SKAでは、中性水素ガスから放たれるわずかな電波の光線を測定することで、宇宙の夜明けから再電離時代の終わりまでの間の様々な時代の写真を、撮影することが可能になります。その時代から現在に至るまでの間、想像もつかないことが起こっていたのです。私たちが生きる宇宙とは、なんて奥深くエキサイティングなのでしょう。
磁場というものの存在があってこそ、私たちはこの地球に存在することができるのです。地球の磁場こそが、太陽からの電離放射線や、超新星爆発の際に放出されるX線やガンマ線などから、私たちを守ってくれているのですから。磁場がなかったら、これらの放射線は私たちを殺していたでしょう。
しかしながら、一度、宇宙に出てしまえば、磁場の保護はなくなってしまいます。このことが宇宙飛行を難しくしているのです。仮に人が火星に行くとなると、3ヶ月の月日がかかりますが、その間、放射線を浴び続けることになります。宇宙船の電子機器は、この環境に耐えられるように設計されなければいけません。乗船する人も、できる限り保護する必要があります。そのために考えられる対策としては、例えば水深1メートルの水が周りを覆う間仕切りを作ることなどでしょうか。放射線には物質を通り抜ける「透過力」がありますが、放射線の中で透過力が強い中性子線でも水を通り抜けることはできないからです。
他の望遠鏡も惑星の発見などに非常に優れていると思うのですが、SKAの望遠鏡は、どの惑星が磁場を持っているのかを探知できるのです。そして、磁場を持つ惑星こそが、磁力で守られた繭のようになり、複雑な生態系を可能にさせているのです。
もっと大きなスケールのことを話すと、磁場は、分子が動くスピードに影響し、それが化学現象に作用し、ひいては銀河形成へと進んでいく。これこそ、人々が期待している以上に重要な事象です。初期の宇宙は、その殆どが水素とヘリウムガスでした。その他の要素は、恒星がその寿命を迎えて爆発した時に形成されたのです。加えて、惑星間の間隔がちょうど良かったため、私たちの住む地球は生命を持つことができたのです。磁場は、こういった新しく形成された要素を、生命を形成する物質へと導いたのです。SKAの望遠鏡により、こういった宇宙初期の磁場による生命の誕生研究も盛んに行われるでしょう。
私たちは、普段、電波を地球上での探索や実用的な目的で使用しています。たとえば空港周辺の航空機を監視・管制したり、テレビやラジオを放送したり、スマートフォンや携帯電話で通話したりと、コミュニケーション手段としての使用がほとんどです。そして宇宙船では長距離のコミュニケーションに無線信号が使われているのです。万が一、銀河の何処かの惑星に知的生命体が存在するならば、同様のテクノロジーを保有しているかもしれません。その場合、SKAのレーダーの感度であれば、その生命体が使う無線信号を探知できるでしょう。しかし、もしかしたら、彼らは私たちとは違うテクノロジーを保有し、あまり無線信号を使わない可能性もあり、その場合、探索は容易ではないでしょう。
私たちは、他の惑星に高度な生命体が存在するという証拠を持っておらず、また、生命体そのものが存在するという証拠も持っていません。ただ、地球だけが特別なはずはありません。私たちが宇宙上、唯一の生命体だとしたら、その方が驚きです。似たような生命体が存在すれば、遅かれ早かれ、私たちは、それらを見つけ出すでしょうし、高度な生命体の方が、彼方から通信してくるかもしれません。私たちは、高度な生命体が存在している可能性を想定しない方が馬鹿げていると思います。
とても嬉しいお言葉ですね。おっしゃる通りです。SKAは天文のプロフェッショナルのために設立されましたが、その重要性や天体の面白さを一般の人々にも知っていただきたいと常々思っています。なぜなら、全ての方々のサポートやご理解がなければ、このような実験や施設建設はあり得ないからです。
天文に関心のない多くの方は、宇宙物理学など自分とは関係ないことと思っているかもしれません。だからこそSKAの活動が、人々の生活と関連性があることを、これからはもっと伝えていきたいと思っています。
はい、そうですね。日本は現在、私たちの団体の役員会議や、内部討論会では『オブザーバー』として参加しています。私たちは、日本のこうした関わり方を歓迎していますが、いつの日か完全なる公式メンバーとして参加していただきたいと願っています。
日本の天文関連のコミュニュティは、高い知識を持つ専門家とハイレベルの技術知識を誇っています。特に、高周波の研究が目覚ましく、北米チリに建設された「アルマ望遠鏡」は、その好例ですし、SKAと日本は、高周波から得られる高画質画像作成でも協力体制にあります。
また、日本は、ハイパフォーマンスのコンピュータ技術や、マシンラーニングといったソフトウエア開発でも定評があるだけでなく、干渉法のベースライン製作にも長い歴史があり、VERA*4の観測アレイは、世界中の実験的な望遠鏡に使用されています。
日本のSKAへの公式参加は、両者にとって意義のあるものになるでしょう。私たちは、日本から公式参加の意向が聞ける日を心待ちにしています。