No.023 特集:テクノロジーで創る、誰も置き去りにしない持続可能な社会

No.023

特集:テクノロジーで創る、誰も置き去りにしない持続可能な社会

Expert Interviewエキスパートインタビュー

広大な海に降り注ぐ太陽光エネルギー
化学の力で燃料や資源に換えて活用

2020.07.31

風間 伸吾
(明治大学 兼任講師・客員研究員)

永井 一清
(明治大学 理工学部応用化学科 教授 高分子科学研究所 所長)

広大な海に降り注ぐ太陽光エネルギー 化学の力で燃料や資源に換えて活用

化学では、自然界にある物質を元に、自然界に存在しない物質やめったにない物質を作り出す方法を生み出してきた。こうして新たに生み出した物質を元に、私たちは、豊かな生活や高度な社会活動ができるようになった。電子機器も、自動車も、洋服や食料も、あらゆるモノが化学の知見や技術を用いて生み出した材料を使って作られている。これまで人間は、有益な物質を作り出すため、自然界から収集した資源をものすごい勢いで消費してきた。そして、利用し不要になった大量のモノを自然界に投棄し、化学の力で生み出した物質が地球環境の中で異物として蓄積されるようになった。これが環境破壊や資源の枯渇などの問題となって顕在化し、持続可能な開発目標(SDGs)のテーマとして挙げられるようになった。人間の豊かさを生み出した化学は、SDGsの取り組みにおいても強力な力となる。高分子化学の分野でSDGsの達成に貢献する技術の研究開発に取り組む明治大学 兼任講師・客員研究員の風間伸吾氏と同 教授の永井一清氏に、SDGsにおける化学の役割と同大学での海洋バイオマス活用に向けた技術の研究開発について聞いた。

(インタビュー・文/伊藤 元昭 撮影/黒滝千里〈アマナ〉)

高分子化学がSDGsに貢献できることとは

風間 伸吾氏

── 高分子化学は、石油など地球から産出する資源を原料として、役立つ機能を持つ多様な物質を生み出し、文明の発展に貢献してきました。しかし、発展の代償として、環境破壊や資源の枯渇などの問題が顕在化し、これがSDGsでの取り組みテーマに反映されています。これまで文明の発展に貢献してきた高分子化学は、SDGsの取り組みではどのように貢献していくのでしょうか。

永井 ── 高分子化学は、これまでとは違った切り口の特徴を持つ新材料を開発することで、SDGsの取り組みに大きく貢献できます。明治大学 高分子化学研究所では、高分子科学の本質を研究し、その進歩を通じて人類社会の発展に貢献していくことを活動の基本姿勢として掲げています。具体的には、再生可能エネルギーを効果的に活用できるようにするための材料開発、海洋でのマイクロプラスチック*1問題の解決に貢献する地球にやさしいプラスチック*2の開発などに取り組んでいます。

特に、これまで高分子化学で素材として多用してきた石油など化石資源に代わる候補となり得るエタノールに注目しており、植物を原料にして効率的に生産する技術や効果的な活用技術の開発に注力しています。エタノールは、燃料にも、バイオマスプラスチックの原料にも活用できるため、その生産技術や利用技術の進化は、環境問題や資源枯渇問題の解決に向けて大きなインパクトを与えることでしょう。

日本国内では、2020年7月からプラスチック製レジ袋の有料化が義務付けられました。ただし、植物由来の原料を使ったバイオマスプラスチックが25%以上含まれていれば、無料になる制度が同時に施行されています。このように社会にも、高分子化学による新たな変革を後押しする機運が高まっています。

海に莫大なエネルギーが降り注ぐ島国日本、その特徴を生かす

永井 一清氏

── SDGsの17のテーマの中には、SDG7「エネルギーをみんなに、そしてクリーンに」とSDG13「気候変動に具体的な対策を」といった、地球環境の維持・改善を目指すものが含まれています。ただし、豊かな生活や高度な社会活動の維持と地球環境の維持・改善の両立は、とても難しいテーマであるように感じます。

風間 ── 高分子科学研究所が試算したエネルギーの需給見通しでは、これから省エネルギー化による利用効率の改善を推し進めたとしても、再生可能エネルギーの活用が必要不可欠になります。社会活動を維持するエネルギーを確保しながらCO2の排出量の削減目標である2030年度に26%減(2013年度比)、2050年度に80%減にするためには、それぞれ4439PJ(ペタジュール)分、6900PJ分をCO2の排出がないエネルギー源で賄う必要があるのです(図1)。その際、社会受容の見地から原子力で賄う量を増やすことは難しいと考えられることから、再生可能エネルギーの活用促進が欠かせません。

[図1]基準年となる2013年の値は実測値、2030年の値は政府予測値、2050年の値は目標値(IEA等の資料から高分子科学研究所で推定)
出典:明治大学 高分子科学研究所
基準年となる2013年の値は実測値、2030年の値は政府予測値、2050年の値は目標値(IEA等の資料から高分子科学研究所で推定)

── 風間先生と永井先生のグループでは、海洋バイオマスの活用を後押しする技術を開発されていると聞きます。数ある再生可能エネルギーの中で、なぜ海洋バイオマスに注目しているのでしょうか。

風間 ── 日本の国土の特徴を生かせる再生可能エネルギーだからです。化石資源に乏しい日本では、現時点で9.6%に過ぎないエネルギー自給率を、再生可能エネルギー活用の推進を機に高めたいところです。地熱と原子力を除く地球上のいかなるエネルギー源も、起源にさかのぼれば太陽光エネルギーに行き着きます。太陽光発電はもとより、風力も、古代の植物が化石化した石油や石炭も同様です。そして、太陽光エネルギーは国土面積にほぼ比例して得られるわけですが、日本は陸地面積の約38万k㎡よりもはるかに広大な447万k㎡もの排他的経済水域(EEZ)を保有しています。太陽光エネルギーの大部分は海洋に降り注ぎ、その量は国内のエネルギー消費量の約1000倍にも達します(図2)。

これを利用可能なエネルギーに変える技術を手中に収めることは、継続的な自給体制を考えるうえでとても重要な意味があると言えます。海洋バイオマスは、藻類の光合成によって蓄積されたエネルギーを活用するものであり、海洋からエネルギーを得る手段として打ってつけです。藻類は食料にもできますから、食料自給率の向上にも貢献できます。

[図2]日本の太陽光エネルギーの大部分は海洋に降り注いでいる
出典:図中の地図は、海上保安庁 海洋情報部のホームページ
日本の太陽光エネルギーの大部分は海洋に降り注いでいる

[ 脚注 ]

*1
マイクロプラスチック:自然界に存在する微生物では分解されないプラスチックが、水や紫外線などで部分的に分断されて微細化したものを指す。現在、マイクロプラスチックを海洋生物が誤飲することで、生態系に悪影響が及ぶことが懸念されるようになっている。
*2
地球にやさしいプラスチック:植物由来の再生可能なバイオマス資源を原料として作られるバイオマスプラスチックや、自然環境下でCO2や水にまで完全分解される生分解性プラスチックが挙がる。
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