No.023 特集:テクノロジーで創る、誰も置き去りにしない持続可能な社会

No.023

特集:テクノロジーで創る、誰も置き去りにしない持続可能な社会

Expert Interviewエキスパートインタビュー

アメリカやブラジルなど農業大国に比肩する低コストで燃料を生産

── では、海洋バイオマス燃料を活用するためには、どのような技術開発を推し進める必要があるのでしょうか。

風間 ── ポイントは大きく2つあります。1つは大型藻類を栽培する技術の確立。もう1つは、作った藻類を燃料に転換する技術の確立です。

微細藻類をバイオマス燃料の原料として利用する技術もありますが、海洋の広大な領域を活かすのであれば、定置栽培が容易な大型藻類が有力です。大型藻類を海洋バイオマス燃料として利用するための栽培技術は、既にアメリカエネルギー省(DOE)により2017年9月から開始した「ARPA-e MARINER(Macroalgae Research Inspiring Novel Energy Resources)」と呼ぶプロジェクトの中で開発されています。アメリカのEEZの約1.4%に当たる約17万km2の海域を使い、ロープに藻類の種苗を植え付けるなどの方法を用いて、太陽光が届く水深約10mまでの範囲で年間約5億トンの大型藻類を栽培。この大型藻類から年間2800PJのバイオマス燃料を生産しようという構想です。先に挙げた1つ目のポイントは、ここでの開発成果が利用できると考えています。

そして、もう1つの藻類を燃料に転換する技術を確立すべく、安価かつ大量にバイオエタノールを得るための技術を私たちが研究しています。

ARPA-e MARINERでは、95アメリカドルで乾燥重量1トンの大型藻類を生産する目標を掲げています。これは米国陸域でトウモロコシを作るのと同等のコストであり、実用化に向けたコスト目標となります。日本でトウモロコシやサトウキビを栽培すると、これほど安価に作ることはできませんが、日本のEEZを活用すれば、日本国内でも米国並みのコストでバイオエタノールの原料となるバイオマスを作ることができると考えています。この安価なバイオマスと、私たちが目指す技術を使えば、日本国内でも米国並みのコストでバイオエタノールを作ることができると考えています。

発酵が最も速く進む状態を維持する連続式発酵プロセスを提案

── バイオエタノールは、大型藻類からどのような工程で生産し、明治大学で開発しているどのような技術をどの部分で活用するのでしょうか。

風間 ── 従来は、一定量のバイオマスをまとめて発酵槽に入れて、バッチ式で十分高濃度になるまで発酵させて、エタノールを作っていました。ただし、この方法には課題がありました。エタノールの濃度が高くなると発酵速度が遅くなり、十分な高濃度になるまでに長時間を要するため、利用可能なエネルギーへの転換効率が低く、生産コストが高くなってしまうことです。

この課題を解決するため、私たちは分子認識機能分離膜を用いた連続式発酵プロセスを提案しています(図3)。ここでいう分子認識機能分離膜とは、水に混ざった低濃度のエタノールの分子を、高い選択比で分離できる機能を持った高分子膜のことを指します。

[図3]連続式アルコール発酵で、高効率にエタノールを生産
出典:明治大学
連続式アルコール発酵で、高効率にエタノールを生産

原料バイオマスを発酵させた際のエタノール濃度の推移には、発酵初期の低濃度状態の時には発酵速度が早いものの、高濃度になると急激に減速してしまう傾向があります。このため、高濃度になるまで発酵させようとすると、無駄に時間が掛かってしまうのです。

ただし、低濃度状態で分離抽出できるようになれば、バッチ式よりも3~10倍の速度で発酵を維持できるようになり、短時間でより多くのエタノールが得られます。しかも、この方法ならば、分離した水を発酵槽に戻し、原料となる大型藻類を湿潤状態で逐次投入することで連続発酵が可能になります。また、単位体積当たりの発酵効率が改善するため、消費する酵母の量を数分の1に削減できます。加えて、発酵槽を小型化して船舶に搭載し、洋上で燃料を生産することが可能になります(図4)。

連続式発酵プロセスを実現するための鍵は、エタノールと水を高選択比で分離できる分離膜の実現にかかっており、私たちは分子認識機能分離膜と呼ぶ高性能な分離膜を開発しています。

[図4]海洋バイオマスと分子認識分離膜を用いたエネルギーの創生
出典:明治大学
海洋バイオマスと分子認識分離膜を用いたエネルギーの創生

濡れたタオルは空気を通さず、風船のように膨らますことができる

── 開発している分子認識分離膜は、どのような原理で水とエタノールを高選択比で分離するのでしょうか。

風間 ── 日常生活の中で目にする現象を基に、分子認識分離膜の原理を説明しましょう(図5)。タオルで空気を包み込み、風船のように膨らませる状況を想像してください。タオルが乾燥していると、繊維の間を空気が抜けてしまい、膨らませることができません。しかし、お風呂の中でやった経験がある人は多いと思いますが、浴槽に浸けて濡れたタオルならば風船のように膨らませることができます。これは、繊維の間が水で満たされ、空気の透過をブロックするからです。この現象を言い換えれば、水を含んだタオルが、水と空気を高い選択比で分離している状態にあると言えます。これと同様に、分子レベルの微細な通り道の中をエタノールで満たせば、水分子を通さない膜を作ることができるのです。

[図5]エタノール分子認識分離膜の原理の類似例
出典:風間 伸吾、「次世代型膜モジュール技術研究組合シンポジウム(2011)東京」
エタノール分子認識分離膜の原理の類似例

── なるほど、意外と身近なところで見られる現象に、高度な技術のヒントがあるのですね。

風間 ── 私は、地球環境技術研究機構(RITE)において、それと同じ原理のCO2分子ゲート膜という技術を研究していました。ガス分子のような小さなモノだけが透過する孔が空いたデンドリマー*3の1種であるPAMAM*4の膜を使い、微細な孔にCO2を満たすことで、CO2は透過させるが、CO2分子よりも小さな水素などの分子を通さない機能を持たせる技術の研究です。これと同じことをエタノールと水を対象にしてできるのではないかと考え、永井先生と一緒に低濃度のエタノールを分離できる分子認識分離膜を研究しています。

[ 脚注 ]

*3
デンドリマー:中心部のコアから規則的に分枝した構造を持つ1〜10nmの樹脂状の高分子材料。薬剤輸送、遺伝子配送、化学センサなどへの応用に向けて研究開発が進められている。
*4
PAMAM(ポリアミドアミン):最も一般的なデンドリマーであり、材料科学やバイオテクノロジーなど多くの用途に用いられている。
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