No.023 特集:テクノロジーで創る、誰も置き去りにしない持続可能な社会

No.023

特集:テクノロジーで創る、誰も置き去りにしない持続可能な社会

Expert Interviewエキスパートインタビュー

海外の成功例を単純に導入せず、国土に合った再生可能エネルギーの活用を

風間 伸吾氏

── 海洋バイオマス燃料を高効率に作るために、どの程度の性能を持つ分子認識分離膜を目指しているのでしょうか。

風間 ── これまでにも、疎水系の膜を利用し、エタノールを吸着させて水と分離する膜はありました。水とエタノールの選択比は70〜100だったのですが、これでは海洋バイオマス燃料の連続発酵プロセスの実現には不十分です。私たちは、選択比を500まで上げることを目標にしています。ここまで向上できれば、1%~2%の低濃度エタノールを、80%~90%の濃度にまで効率よく濃縮できます。そして、これをもう一度分離膜を通して濃度を高めれば、99%以上の純度に達し、燃料やバイオマスプラスチックの原料として利用可能になります。

ARPA-e MARINERの成果を使えば、1リットルのバイオエタノールを作るための原料となる大型藻類は約16円で栽培できます。そして、従来方法により米国でエタノールを生産した際の生産コストは46.4円になりますが、私たちが目標とする性能を持つ分子認識分離膜を活用した連続発酵プロセスを使って生産すれば、トウモロコシを原料にしたバイオエタノールのアメリカやブラジルの現地価格に匹敵する40.0円にまで低コスト化できる見込みです(図6)。現在、バイオエタノールを輸入する場合、CIF価格*5は、70~80円/リットルですから、グローバルな視点から見ても十分競争力があります。

[図6]海洋バイオエタノールのコスト試算
「米国におけるコスト試算」と記した部分は、従来のバッチ型分離プロセスを使って生産した場合のコスト。「コスト削減可能性」と記した部分は目指す連続型分離プロセスを使って生産した場合のコスト。
出典:明治大学
海洋バイオエタノールのコスト試算

── 海洋バイオエタノールは、日本にとって夢のような新エネルギーですね。

風間 ── これまで日本はエネルギーがない国でした。それを技術開発によって一転させればエネルギーを自給できる可能性があるのです。

再生可能エネルギーには様々なものがありますが、自然エネルギーを活用する以上、国土の特徴に沿ったものを活用すべきだと思います。例えば、他国で大きな成果を上げているからといって、太陽光発電を平地が狭く、雨も多い日本にそのまま導入しても他国と同じ効果を得ることは難しいように感じます。海に囲まれた日本では、海洋バイオマス燃料のような海の恵みを有効活用する、いわば海との共生を考えた方が得策です。私たちは、分子認識分離膜の開発を推し進めて、国土が海で囲まれていてよかったと思える状態にまでもっていきたいと考えています。

SDGsへの貢献に向けて、研究開発の発想をバックキャスティングへと転換

永井 一清氏

── 技術開発も、海外の研究に頼るのではなく、日本の大学や研究機関が率先して海を生かすために独自の技術開発をしていく必要がありそうです。分子認識分離膜の開発では、目標を実現するうえで、どのような点に難しさがあるのでしょうか。

永井 ── SDGsに貢献する技術は、バックキャスティング*6的な考え方で研究開発を進める必要があります。しかし、これまでの高分子化学の分野では、フォワードキャスティング的な技術開発と応用開拓が常でした。このため、バックキャスティング的な研究では、従来の材料設計の方法の枠を超えるような斬新なアイデアが求められます。私たちの分子認識分離膜の開発は、その典型だと言えます。

風間 ── 従来の分離膜は、分離する物質と膜の間の大まかな化学的親和性の差を利用して分離していました。いま研究開発している高選択比の分子認識分離膜を実現するためには、分子形状の違いなども利用しながら膜の微細な孔を選択的に埋める必要があると考えています。そのためには、孔の形状などをキッチリと制御する技術や、分離すべき分子を漏らしてしまうピンホールを作らないプロセスなどの工夫が求められ、ここがこれからの課題になります。

[ 脚注 ]

*5
CIF価格:価格、保険料、運賃を合わせた輸入に要する合計のコスト。
*6
バックキャスティング:未来に実現したい目標を起点に、今取り組むべきことを逆算して考える思考法。逆に、現在実現できることを起点に、実現可能な未来を描く思考法をフォワードキャスティングと呼ぶ。
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