No.024 特集:テクノロジーは、これからのハピネスをどう実現できるのか

No.024

特集:テクノロジーは、これからのハピネスをどう実現できるのか

Expert Interviewエキスパートインタビュー

「ハピネス・メディエーター(仲介者)」が必要

ルート・フェーンホーヴェン氏

── 今、世界はコロナ危機に見舞われていますが、この時期の幸福度については調査されましたか。

しています。以前から「ザ・ハピネス・インディケーター」というプログラムを実施していますが、これはユーザーがどのくらい幸福感を感じているかなどを自分で入力し、その推移を見られるようにしたものです。同時に、年齢や性別、教育程度などが似た他の人々と比較できるようになっており、他の人々が自分より高ければ、「本当はもっと幸せになれるはずなのかな」と考えて何かを変えたり、あるいは自分が高ければ幸運なことがわかったりする、いわば自助的ツールで、効果もあります。研究者にとってはその時々のトレンドが見られるもので、それによるとコロナ禍の初期には幸福度が特に独身者の間で下降しましたが、現在は持ち直しています。

── 意外ですね。

もちろん長期的に見ていく必要はあります。しかし、少なくとも日本やオランダを含む先進国では、多少の下降はあっても、平均的には持ち直して大惨事にはなっていません。これは災害時にも通じるもので、当然直接影響を受けた人々は違いますが、全体的には最初落ち込んでも、そのうち国としての団結心が補完するようになるのです。経済危機でも同じようなトレンドが見られます。ことに裕福な国では福祉制度が充実しているので、影響は限られたものです。また、職を失っても、それは自分のせいではないというところが違いを生んでいます。

── コロナ禍によって、価値観が大きく変わったという声が聞かれます。同じ質問になりますが、主観的な人生全体への満足感を計測するというアプローチにおいては、そうした変化は計測対象外ということですね。

その変化は、何を幸福と感じるかの部分にあるからです。自分の幸せ感は自覚可能でも、なぜ幸せなのかは推察の域を出ません。再び頭痛の例を挙げると、空気汚染により頭痛が起こり得るとニュースが伝えたとしましょう。今度頭痛が起こると、人々は空気汚染が理由だと決めつけます。しかし実際のところは、本当の原因はわからないのです。心理学で「帰属」と呼びますが、幸せな生活へ導くためには帰属を正しく見定めなければいけません。子供を持つ例で言えば、全ての人が母親になって幸せを感じるわけではないのです。幸せ感が下がるリスクが高いのはどんな人なのかもわかっています。それは高等教育を受けた女性です。

ルート・フェーンホーヴェン氏

── 幸福のエキスパートとして、これさえあれば幸福になるといった万能薬的アドバイスを求められることと思いますが、それにはうんざりしますか。

万能薬的アドバイスとは、先ほどの健康の話で言えば、占い師が「月光の下で踊れば健康になりますよ」と言うようなものです。幸福についても、その手の人々がいます。あたかも研究結果に基づいたアドバイスを与えているように見せかけて、たいていはそうではありません。私自身はそうしたことはやりません。

ただ、人々がより幸福な状態へ歩むのを助けるような「ハピネス・メディエーター(仲介者)」とでも呼ぶべき専門家が必要とされているのではないでしょうか。体調が悪い時に医者に診てもらうように、メディエーターのところへ行けば「仕事を変えた方がいい」とか、「いつも他人とトラブルを起こすのは自身の問題だから、精神分析医のところへ行ったらどうか」ということをアドバイスしてくれるわけです。今でも幸福アドバイザーはたくさんいるのですが、彼らは1、2しかない手持ちの商品を売りつけるだけです。そうではなく、診断をして、正しいところへ導いてくれるような専門家が必要です。

── あなたは幸福のエキスパートですから、いつも幸せですか。

幸せだと思いますが、平均的オランダ人と照らし合わせて例外的というわけではないでしょう。専門だからと言って自分に影響を与えることはありません。研究の対象と自分は別です。時々「自分ならこの分類に入るな」と感じることもありますが、すぐに研究モードに戻ります。

── 幸福度で言えば、どのくらいですか。

だいたい8か9でしょう。もちろん、その時々で低いこともあります。頭痛で機嫌が悪くなる時などです。それでも、全体としては自分の人生が気に入っています。いつもは不幸に感じているけれども、パブでビールを10杯飲んで高揚するというケースとは逆ですね。

── 幸福研究は、今後どのように発展するのでしょうか。

幸福研究は、急ピッチに発展中です。データベースを管理しきれなくなっているのも、そのためです。かつて幸福は哲学や心理学の対象でしたが、今では経済学はもちろんのこと、動物研究でも取りざたされるほど広い領域と関わるようになっています。その昔、運命や神の慈悲と見なされて、自分ではどうすることもできなかった幸福が、今や計測可能であるとわかり、科学的証拠を手にすることもできます。何よりも、不幸で終わるのだと諦めるのではなく、幸福な人生を実現することができるとわかったのです。健康と同じです。それならば手に入れようじゃないかと、人々は考えるようになったのです。

エラスムス幸福経済研究所(EHERO) エラスムス幸福経済研究所(EHERO)

ルート・フェーンホーヴェン氏

Profile

ルート・フェーンホーヴェン(Ruut Veenhoven)

オランダ・ロッテルダムのエラスムス大学名誉教授

世界各国の幸福度の調査を行い、幸福関連の研究に関するデータベースを運営する、「幸福学の父」と呼ばれる存在。現在は、同大学内の幸福経済研究所で研究、調査を続ける。早くも1960年代から幸福の研究の必要性を見通し、社会学的な視点から「主観的な幸せ感」を調査の対象としてきた。

Writer

瀧口 範子(たきぐち のりこ)

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。
上智大学外国学部ドイツ語学科卒業。雑誌社で編集者を務めた後、フリーランスに。1996-98年にフルブライト奨学生として(ジャーナリスト・プログラム)、スタンフォード大学工学部コンピューター・サイエンス学科にて客員研究員。現在はシリコンバレーに在住し、テクノロジー、ビジネス、文化一般に関する記事を新聞や雑誌に幅広く寄稿する。著書に『行動主義:レム・コールハース ドキュメント』(TOTO出版)『にほんの建築家:伊東豊雄観察記』(TOTO出版)、訳書に 『ソフトウェアの達人たち(Bringing Design to Software)』(アジソンウェスレイ・ジャパン刊)、『エンジニアの心象風景:ピーター・ライス自伝』(鹿島出版会 共訳)、『人工知能は敵か味方か』(日経BP社)などがある。

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