Expert Interviewエキスパートインタビュー
美食、物流、リハビリ、そしてスポーツへ
── 日本の市場向けには、どんな開発を行ったのですか。
まずTEKION LABが蓄冷材を通じて提供するべき価値を、「3つのC」に定めました(図3)。適温での美食体験を演出する「Cheer」、最適な温度管理で物流に貢献する「Confidence」、そして適切な温度で快適な気分を味わっていただくための「Comfort」です。
停電もない日本市場では、やはり人の生活温度帯に貢献する製品を作ることが良いだろうと、この3分野に絞りました。最初に形になったのは2017年の酒造メーカーとのコラボレーションです(参考資料1)。日本酒の需要は「夏の1本は冬の10本」と言われるほど夏場に落ち込むことを知り、「では、夏に-2℃の氷点下で飲んでみては」という発想から、蓄冷材を入れた保冷バックを開発したのです。これは、クラウドファンディングサービスにて販売され(参考資料2)、限定3,000本の完売を達成しました(図4)。
2018年にはワインセラーメーカー(参考資料3)とのコラボレーションで、赤、白、スパークリングそれぞれの適温をワインセラーから出した後も食卓でキープできる保冷ケースを発売(図5)しました。美食の「Cheer」の分野では一定の成果を出すことができました。
── 物流のための蓄冷材を開発する「Confidence」の分野では、医薬品やiPS細胞*1を活用した再生医療分野などの輸送においても期待されていますね。
食品の物流には冷凍・冷蔵・常温の3温度帯があり、それぞれに適切な温度を数時間キープできる蓄冷材ユニットの開発を行っています(図6)。しかし、いずれの分野でも苦労したことは、シャープはやはり電機メーカーだということ。これまでにない開発を行っていたので、私たちのアイデアをどの事業部が形にしてくれるのか、手探りの面がありました。医薬品や再生医療分野に踏み出す際にも、社内にはメディカルの知見がないので非常にハードルが高いです。さらに、人体にとっての適温を模索する「Comfort」の分野では、私の骨折経験から人体の冷却についてエビデンスを取ってはいましたが、「体のどこにどう使うのだろう」と五里霧中の状態でした。
── 人体の冷却について、エビデンスはどのように取ったのですか?
「なぜ冷たいと痛いのか」「冷却の適温は何度なのか」を探求していくうちに、皮膚表面にあるトリップチャネルと呼ばれる温度センサーが、皮膚温が+17℃以下になると活性化し、脳に警告をするために冷刺激とともに痛みも伝えることが分かりました。そこで、人体発熱を模擬するサーマルマネキンをお借りして+25℃の室温に置き、前腕部に+12℃に設定した冷却材を巻いて計測を行いました(図7)。この結果、皮膚の表面温度を約+20℃で2時間保持することができたのです。
この結果を携えて、東京工科大学理学療法科の菅原仁先生を訪ねたところ「こういう製品を探していた!」と喜んでくださいました。菅原先生は、膝の人工関節置換術後の疼痛を伴う40分程度のリハビリを、マイルドに冷やしながら行う方法を探しておられたのです。そして臨床試験が行われ、成果は2017年の日本健康行動科学会と日本体力医学会で発表されました。
私たちはこの成果を、医療機器の展示会(参考資料4)に2年連続で展示しました。「優しく冷やせる冷却材」「アイシングではなくクーリングができる冷却材」としてアピールしたところ、後日、福島県立医科大の先生や看護師長ともお話しすることができ、医療現場で役に立てるという可能性を感じました。
[ 脚注 ]
- *1
- iPS細胞:2006年に誕生した新しい多能性幹細胞。英語名のinduced pluripotent stem cellsの頭文字をとってiPS細胞と名付けられた。