Expert Interviewエキスパートインタビュー
労働者向け暑熱対策からアスリートの熱中症予防へ
── 人体にとっての適温を模索する「Comfort」分野での、画期的な成果ですね。
学会発表をきっかけに労働安全衛生総合研究所の時澤健先生と知り合うことができ、労働者向けの暑熱対策で共同研究を行うことになりました。アメリカでは軍事演習の前に手を+20℃の水に浸ける(手掌浸水)ことで体の深部体温の上昇を抑制し、熱中症対策を行っているそうです。これと同じ効果をTEKION LABの蓄冷材で再現できないかと検証を行ったのです。その結果、+12℃の蓄冷材で手の平と足の裏を30分間冷やすプレクーリングによってほぼ同等の効果を得られました。水道水と氷を使って+20℃の水を用意するのは大変ですが、蓄冷材なら非常に簡便ですよね。また、+12℃より低い温度では血管が収縮して血流量が減り、効果が薄れることも分かりました。
── この成果が、スポーツにおけるクーリングアイテムの開発へつながっていくのですか?
そうなのです。時澤先生は労働者向けの研究を行っていたのですが、やがてスポーツにおける暑熱対策でも注目されるようになり、さまざまな運動指導を行う株式会社ウィンゲートの遠山健太さんを介して広島大学の長谷川博先生につながりました。長谷川先生は、競技のブレイク時に+12℃の蓄冷材で筋肉を直接冷やすことで皮膚温度と筋肉温度を低下させ、競技後半の運動パフォーマンスを維持できるという効果を検証し、学会で発表されました。
そして、長谷川先生が国立スポーツ科学センター(参考資料6)に関わってアイススラリーの開発を行っていたことから、アイススラリーをつくるのに蓄冷材を使えないかということになりました。スラリー(slurry)とは、液体の中にごく小さな固体の粒が混ざった流動性のあるシャーベットのような状態を意味しており、冷えた飲み物をこの状態にすることで体の中から暑熱対策を行えます。選手がプレーの途中にドリンクを飲む光景がよく見られますが、これを-1℃のアイススラリー状態で摂取すると、とても小さな氷の粒が液体に乗って瞬時に胃壁に広がります。これが溶けて液体に変化するときに体内の熱を大量に吸収するのです(図8)。
それまでアイススラリーの製造には専用の装置が使われていましたが、電源が必要なので海外の遠征先などでは必要な時に作れないケースもあったわけです。しかしTEKION LABの蓄冷材を使えば、専用のボックスに選手それぞれがペットボトルに必要なドリンクを入れてベンチへ持参することができます。飲むときには、-11℃の蓄冷材で冷やされて過冷却状態になっているペットボトルを振るだけで瞬時にスラリー化します(図9)。このアイススラリーBOXは2019年のJリーグチームで試していただき、非常に好評でした。選手にはそれぞれスポンサーや管理栄養士がついており、ドリンクにはそれぞれにたんぱく質やアミノ酸など必要な成分が調整されているので、製造装置を個々に使うことはとても大変だったと思います。
── 遠征先のホテルに冷蔵庫と冷凍庫があれば簡易に作れる。製造装置を持参する手間も、洗浄する手間もなくなったのですね。
スポーツトレーナーとしてさまざまな競技の指導を行うウィンゲートの遠山さんは「革新した」と仰っていました。今は、トレーナーのネットワークを通じてさまざまな競技で効果を試していただいているところです(図10)。そしてもうひとつ、遠山さんが期待しているのは、アマチュアスポーツ界への効果ですね。アマチュアの世界では正しい知識や理論を持つトレーナーが少ないと聞きます。スポーツ少年たちの健康のためにも、啓蒙活動を推進したいと考えておられるようです。